盲ろう者のイロハ

このページは、盲ろう者に関する知識、日常生活とその実態、さまざまな問題と取り組みなどを書き込んでいます。

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盲ろう者のイロハ#26
[盲ろう者の定義]

盲ろう者のイロハ#25
[雨の中の外出]

盲ろう者のイロハ#24
[荷物を運べない]

盲ろう者のイロハ#23
[通勤と工夫]

盲ろう者のイロハ#22
[盲ろう者と食事(2)]

盲ろう者のイロハ#21
[盲ろう者と食事(1)]

盲ろう者のイロハ#20
[私と白杖]

盲ろう者のイロハ#19
[買い物(2)]

盲ろう者のイロハ#18
[買い物(1)]

盲ろう者のイロハ#17
[外出で一番困ることは?]

盲ろう者のイロハ#16
[不便ともどかしさ]

盲ろう者のイロハ#15
[葛藤と苦しみ]

盲ろう者のイロハ#14
[パソコン筆記]

盲ろう者のイロハ#13
[音声と筆談]

盲ろう者のイロハ#12
[指文字と手のひら書き]

盲ろう者のイロハ#11
[点字と指点字]

盲ろう者のイロハ#10
[触手話の使い方と注意]

盲ろう者のイロハ#9
[触手話と接近手話]

盲ろう者のイロハ#8
[コミュニケーションについて]

盲ろう者のイロハ#7
[通訳・介助員について]

盲ろう者のイロハ#6
[見え方・聞こえ方について]

盲ろう者のイロハ#5
[盲ろう児について]

盲ろう者のイロハ#4
[途中で視覚と聴覚を失った人々]

盲ろう者のイロハ#3
[盲ベースについて]

盲ろう者のイロハ#2
[ろうベースについて]

盲ろう者のイロハ#1
[盲ろう者とは?]

         = = = = =

 

下から上への順で更新しています。

『盲ろう者について』その【26】

●「盲ろう者」の定義

 

 「盲ろう者」という言葉は、全国盲ろう者協会の他に 各地域に 盲ろう者団体の設立がきっかけで、1991年(平成3年)あたりから 使われ始めた言葉です。

 「盲ろう者」は 一般的に「聴覚障害」と「視覚障害」を併せ持つ 重複障害者のことを言います。福祉番組やドラマなど、今までメディアで取り上げられたことが 何度かありましたが、一般的に 「盲ろう者」という言葉と 存在について あまり知られていないというのが 現状です。

 また 日本では「ろう者」、「難聴者」、「盲人」の言葉が 法的に定義付けられていますが、「盲ろう者」の定義は まだありません。現在の「盲ろう者」という言葉は、一般的に「呼称」として 使われているに過ぎません。

 「ろう」、「難聴」を含む「聴覚障害」を 英語では「deaf」(デフ)、

 「全盲」、「弱視」、「視野狭窄(しやきょうさく)」などの「視覚障害」を「blind」(ブラインド)

といい、広辞苑などの大辞典に載っています。

 一方、目も 耳も 不自由な「盲ろう者」の場合、英語では「deaf-blind」(デフブラインド)

ですが、その法的定義は 未だに作られていないため、大辞典はおろかインターネット辞書にも 載っていません。ただ インターネットで 「盲ろう者」の言葉で 検索してみたところ、17万件以上になっています。「deaf-blind」では、1700万件以上です。

 10数年前から 全国各地で 友の会など 盲ろう者が主体の盲ろう者団体が 次々に設立され、その数も増えてきていますが、「盲ろう者」という言葉が 国に法的に認められていないために、現在でも 盲ろう者たちの自立と社会参加、それぞれのニーズにあった 福祉サービス、福祉向上が なかなか難しい状態です。

 少なくとも、「盲ろう者向け通訳・介助者養成事業」、「通訳・介助者派遣事業」、「通訳・介助者現任研修会」などの コミュニケーションと移動の 支援事業は 次々に実施されるようになってきていますが、まだ十分でないところも いろいろとあります。

 例えば、パラリンピックでは 視覚障害、肢体障害、脳性マヒ、車椅子の障害者など、それぞれの障害者のための 「規定」が設けられていますが、「盲ろう者」のための「規定」は まだありません。ジャパンパラリンピックや 身体障害者スポーツ大会でも 同様です。

 盲ろう者の出場が難しい、仮に 出場出来たとしても 「聴覚障害」あるいは「視覚障害」の規定のいずれかに入らなければならない、時に 通訳・介助者の同伴が認められないなど 盲ろう者の参加が難しいという問題が いろいろとあります。

 また 教育、就労、文化活動、福祉サービス、生活水準向上など 盲ろう者の「自立」と「社会参加」を促進させるための 法的整備が まだなされていません。

 ですから、あらゆる分野において 盲ろう者が「自立」と「社会参加」が スムーズに行われるようにしていくためにも、まず国に「盲ろう者」の定義を 認めてもらうことが 最重要であり、私たち盲ろう者にとっての願いでもあるのです。

 そのような現況を踏まえて、盲ろう者主体の全国組織団体である「全国盲ろう者団体連絡協議会」は、私たち盲ろう者の願いと要望を汲み取って、2007年(平成19年)10月に 初めて国に要望を提出しました。

 盲ろう者たちの 真の「自立」と「社会参加」への第一歩は これからの話し合いになるのだと思います。

(2008年4月11日)

(次回に続く)

 

 

『盲ろう者について』その【25】

●雨の中の外出

 

 盲ろう者は雨の中で 家族あるいは通訳・介助者と一緒に 外出するとき、それぞれ自分で傘を持つことは難しいです。イロハ【24】にも説明しているように、盲ろう者は白杖を片手に、もう一方の片手は 同行者の肩あるいは腕につかまって 歩くようにしていますので、自分で傘をさして歩くことは困難です。

 その場合、家族あるいは通訳・介助者が傘をさして、盲ろう者と一緒に ひとつの傘の下で歩くわけです。普通の傘ですと、傘に入るスペースが狭くなり、雨に濡れやすくなってしまいますので、盲ろう者とその家族、通訳・介助者は いつも一回り大きな傘を使うようにしています。

 相合傘の状態になりますから、まだ経験の浅い通訳・介助者(主に女性)は、相手の盲ろう者(男性)と 相合傘で歩くことに 少し抵抗を感じることがあるようですが、慣れさえすれば 問題はないと思います。

 私は雨の中で 妻と歩くときは 腕を組む状態で歩くことがほとんどですが、通訳・介助者の場合は 肩につかまって 歩くようにしています。雨の中で、肩、腕など どこにつかまって歩くかは、盲ろう者一人ひとりによって異なりますが、私は 相手が女性であることを考慮して、肩につかまるようにしています。

 大雪で 雪が積もった日に、通訳・介助者と一緒に歩いた経験はまだありませんが、盲ろう者本人が 一人で歩くとき、滑りやすく危険ですので、私は その日は外出しないで 家の中で過ごすようにしています。

 北海道、東北地方や 北日本海側など 雪の多い地域に お住まいの盲ろう者の方々は どのような暮らしをされているのか、まだ知る由はありませんが、今後 その人たちと会ったときに いろいろと尋ねてみたいと思います。

(2008年3月10日)

(次回に続く)

 

 

『盲ろう者について』その【24】

●荷物を運べない

 

 私は 家族あるいは通訳・介助者と一緒に歩くときに、右手は白杖を、左手は同行者の肩あるいは腕につかまるようにしています。つまり、私の両手が使えない状態で、荷物を持ち運ぶことは難しいです。

 今まで 妻と時々買い物に行くときに、上のような理由で、重いあるいは大きな荷物などを持ちたくても 両手が使えないため、いつも妻が持ち運ぶことが多いのです。重くて大きい荷物を運ぶのは、男性の役割(と、自覚しています)ですから、私が運んで当然!と思っていても、それが叶わないのですから やはり悔しさを感じてしまいます。

 私でも運べる方法として、荷物をリュックにしまいこんで背負うのが一番なのですが、荷物の量が多い、大きすぎてリュックに入りきらないことが多く、妻が持ち運ぶ羽目になり、その時に 私が持ち運べるのは、小さな手さげ袋ぐらいです。

 私が一人歩きのときは、白杖は右手のみで、左手は手持ち無沙汰の状態になりますから、その場合だけは大きな荷物を運ぶことは出来ます。しかし 自分1人で歩けるところが限られているため、どこでも持ち運べることはできません。また 雨でも降ってきたら、やっかいです。その時は 左手に傘を持たなければなりますから、例え1人歩きでも 荷物を持つことは難しくなります。

 盲ろう者の見え方はまちまちで 千差万別ですから、ある盲ろう者は持ち歩きが出来ても、ある盲ろう者は出来ない場合があると思います。しかし、家族や通訳・介助者と一緒に移動する時、盲ろう者が安全かつ 安心して歩けるようにするためにも、基本的に白杖を持つと同時に 同行者の肩あるいは腕につかまるようにしています。したがって、荷物をリュックなどに入れて背負う以外に、自分で持ち運ぶことは難しいのではないかと考えられます。

 車に 大量の荷物を乗せて運ぶのであれば、家族あるいは通訳・介助者の負担も楽になるのですが、その家族が車を持っている、持っていないことで、負担も変わってきます。

 確かに盲ろう者が 家族や友達と一緒に 旅行や買い物などで、移動する際に 車を使う方がとても便利なのですが、車を使うのに いろいろと金がかかるなど 経済的な問題もありますから、車で荷物を運びたい、送迎して欲しいと思っても、なかなか叶わない盲ろう者も たくさんいます。また盲ろう者通訳・介助者派遣制度で 地域によって、車の送迎が出来る地域もあれば、出来ない地域もあります。

 少なくとも 盲ろう者の家族に 経済的余裕がなければ、車の購入も 送迎も 難しいですね…(ため息)

 しかし 私の場合、車を持っている友達が数人いますが、時々買い物などの付き合いに、大量の荷物を車に乗せて 家まで運んでくれるなど、手伝ってくれています。また友達と一緒に 旅行や遊びに行くときも、車で連れてってくれることもあります。

 ですから 私はそのたびに「持つべきは友達!」ということを 改めて実感しつつ、周りの友達に大変感謝しています。

 もし 皆様の身近なところに 盲ろう者がいたら、お友達になって 買い物や旅行など、自分の出来る範囲で 付き合ってあげてくださいね。

(08年1月29日)

(次回に続く)

 

 

『盲ろう者について』その【23】

●通勤と工夫

 

 今、私の勤務先は都内の駅から徒歩7分程度のところにあって、盲ろう者の私でも わずかに残っている視力を頼りにしながら、1人で通勤しています。

 交通方法は、自宅最寄りの駅から 都内の駅まで電車で行き、その駅で誘導ブロックを利用しながら別の電車に乗り換えて、1つ先の駅に着くというコースです。幸いなことに私の利用している電車は、内部の開閉扉の上部に駅名電光表示板が設えられているお陰で、弱視の重い私でも見えています。外の景色が見えていなくても、どの位置を走っているかが判断できるので、長い通勤時間でも 何とか1人で通勤できるようにしています。ただ 今は体調の都合で、遅めに出社、早めに退社していますので、ラッシュアワーを避けて 通勤しています。いつか体調が万全に戻って 普通に通勤するようになったら、ラッシュアワーの中で 安全に通勤するためには、どんな工夫をしたら良いか、考える必要があると思います。

 信号の横断では、青と赤の識別は出来るのですが、視野が非常に狭いため(私の視野範囲は5度ぐらいで、健常者は70〜90度ぐらいと言われています)、横断する前に 信号を探すのに一苦労です。私の場合、探すのにたいてい5〜30秒を要しますが、時々信号がなかなか見つけられなくて、2分も3分もかかってしまうこともあります。青になっても気づかず、ただ一所懸命に信号を探している間に、手を引いてくれる人は ごく稀です。誰でも 信号を横断する手伝いぐらいはしてほしい!と思っています。

 駅から会社までの歩行ですが、以前一番の近道を通っていたとき、車が往来することが多く 危険だと判断したので、少しの遠回りですが、安全なコースで通うようにしています。また幸いなことに、会社までの道には、歩行者用の白線が続いていて、わずかに見える白線をたどって歩くようにしています。夜でも 電灯の光に照らされた白線もなんとか見えているので、注意してさえすれば 危険はある程度避けられます。また夜に帰るとき、歩く途中で あらかじめ私が決めておいた目印(ネオン、信号の光、電灯など)を確認しながら、歩く方向を判断しています。

 また駅のホームでは、白線代わりの誘導ブロックを利用していますが、電車が来るときは危険なので、歩く前に電光表示板を探して確認するようにしています。明るい昼間では見づらいですが、夜では電光板文字がはっきり見えます。「電車がまいります」を確認できたら、歩を止めて電車が来るのを待ちます。

 他に 所々の階段の位置や数を覚えたり、ホームを歩くときに数を数えたりして、出来る限り 安全に通勤出来るように 自分なりに工夫しています。

 そのように 工夫と注意をしながら歩いていても、時々人とぶつかることがあります。ぶつかったら一応謝るようにしていますが、白杖(はくじょう)を手にしているおかげで、相手も 少なくとも私が眼が見えていないことを気づいてくれますので、怒られるということはあまりありません。

 また 誘導ブロックの上を歩いているのに、人とぶつかることも珍しくありません。困ったことに、誘導ブロックの上に看板を立てられたり、屋台が置かれたりして、それにぶつかることもあります。特に駅前の広場にフリーマーケットが開かれているとき、誘導ブロックの上に何かが置かれることが多いため、歩行の邪魔になって 困ってしまうこともあります。稀なケースなので、そんなに困る!ということではないのですが、やはり目の不自由な人のことを考えて、最低限誘導ブロックのところは、物を置かない、避けるように考慮してほしいものです。

(07年12月28日)

(次回に続く)

 

 

『盲ろう者について』その【22】

●盲ろう者の食事(2)

 

盲ろう者一人だけで食事をするときに、時々やりづらいと思うことがあります。ナイフとフォークを使って肉を上手く切れない、焼き魚や魚の煮付けの肉と骨をきれいに分けられない、サトイモの煮っ転がしなどを箸できれいにつかめないなどがあります。

例えば、私がナイフとフォークを使って肉を切るとき、ナイフとフォークが見えなくて、肉をかなり小さく、あるいはかなり大きく切ったりしてしまいます。またナイフの上下がわからず逆さまで切ってなかなか切れないので、「変だな?」と不思議に思ったりしてしまったこともあります。滑稽な話のように見えるかもしれませんが、それも「見えないことの不便」の一つです。

骨の付いている魚はもっと難しいです。私がまだ晴眼であったときは、いつも自分できれいに分けていたのですが、眼が見えない分(瞑ったままの状態で)きれいに分けることは、本当に難しいものです。(皆さんも試しにアイマスクや目隠しなどをしてやってみればわかると思います。)ただし、魚の開きは骨も柔らかいですので、私は開きをいつも骨ごと食べています。骨もカルシウムが含まれていますから、骨ごと食べることはカルシウム補給のためにも良いことなんですね。(笑)

私1人だけでは大変で時間もかかりますので、うちではいつも妻にやってもらっています。でも「いただきま〜す!」と言ってから食べようと思っても、いつも妻が「待った」をかけて、私の皿の肉を切ったり、魚の骨と肉を分けたりしてくれています。その間「おあずけ」の形で終わって皿が戻ってくるまで、待たなければなりません。最初の頃はイライラして待っていたものでしたが、今はその生活慣習にすっかり慣れてしまいましたので、あまりイライラすることはなくなりました。外食でも妻が肉を切ってくれることがしばしばですが、店の人も私の眼が見えていないことに気遣って、あらかじめ肉を切ってくれるなどの配慮をして欲しいものです。お客様一人ひとりを気遣って対応してくれている店というものは本当に少ないものです。その気遣いさえあれば、きっと素敵で評判の良い店になれるだろうなと思っています。

 

特にお米を食べるときは、私は必ず一粒も残さないように食べています。これは小さいときからの私の生活習慣の一つなのですが、たまたまマンガの影響で「米には7人の神様が入っている。一粒でも残したら罰が当たる!」という単純(?)な信念を持ったのがその始まりでした。

米は日本人の心でもありますし、今でも私の信念もやり方も全く変わっていません。でもお箸で米一粒一粒をきれいにつまむのは難しいですから、代わりに指で茶碗をなぞりながらつまんで食べるようにしています。確かに一見お行儀が悪いように感じられるかもしれませんが、先にも述べましたように米一粒も残さないで食べることは、私にとって大切なことなのです。でも外ではさすがに出来ませんから、そのたびに残った米に対して「ごめんなさい」と、心の中で手を合わせながら謝るようにしています。

またおかずを手で触って確認することが多く、よく手が汚れるので、いつもティッシュやふきんで手を拭くようにしています。

そのように家族や通訳・介助者の支え・サポートなしで、盲ろう者が食事するのに不便であったり、難しかったりすることがあります。

(次回に続く)

 

 

『盲ろう者について』その【21】

●盲ろう者の食事(1)

 

盲ろう者が食事をするときに、いろいろと不便があります。私は重度の弱視なのですが、テーブルの上にいろいろなご馳走が並べられていても、どの辺にどんなおかずが置かれているのか、自分で判断するのは難しいです。でもメインのおかずや、ご飯、味噌汁(スープ)だけはわかります。何故かというと、うちの場合は「今日のおかずは何にしようか?」と妻と相談して決めたり、仕事の帰りに時々妻から「今夜は○○だよ」と携帯にメールしてくれています。メインはわかっていても、他のいろいろなおかずのことは全然わかりませんから、食卓でいつも妻に教えてもらうようにしています。

妻が私の左手を取って、おかずのところを指すたびに、右手に指文字でおかずの名前を教えてくれるようにしているので、だいたいおかずやその位置などを把握できるわけです。

ところで盲人(健聴)のお話ですが、食事をするときにヘルパーさんが「11時方向に○○、2時方向に○○」という具合に、時計の何時方向におかずがあるかを教えることがあるそうですが、その盲人はそのやり方はわかりづらかったそうです。ヘルパーさんは福祉関係の先生にやり方を教わったと言っていますが、一人ひとりの盲人によって、そのやり方でわかりやすかったり、わかりづらかったりして、まちまちであるようです。私としては、時間の方向で教えてもらうよりも、手で位置を確認してもらうほうがわかりやすいですね。盲ろう者では、そのやり方で教えてもらうことが多いようです。

 

私が箸でおかずをつまんで口に運ぶ途中で落としてしまったり、きれいに食べているつもりが食べ物をこぼしたりしてしまうことがしょっちゅうで、私の服やまわりにはいつも食べ物で汚れてしまうことがよくあります。でもそのことさえも他の人に言われるまで、全然気づきません。他の盲ろう者も同じように汚れてしまうことがあるようですので、中に食事をする前にシーツなどを服にかける盲ろう者もいます。

 

すしを食べるとき、私はにぎり寿司と散らし寿司のどちらがいいかといえば、にぎり寿司です。にぎりの場合、手でつまんで直接に食べられる気安さがありますが、ちらしだと箸で刺身を探してつまんでしょうゆに漬けてから、ご飯と一緒に食べるわけですから、その場合食べ物をこぼしやすくなりますし、「美味しく食べる」よりも「苦労して食べる」という感じになってしまうのです。うちではよく刺身を食べていますが、皿のどの辺に食べたいと思う刺身があるのかわからないので、いつも妻に刺身をしょうゆ皿に盛ってもらうようにしています。

人間が食事をするときにまずいろいろなおかずを見て、どのおかずから食べ始めて、このおかずは最後の楽しみとして最後に食べるまでとっておくのがたいていです。舌や鼻だけでなく、「目で楽しみ、味わう」わけですから、高級レストランや旅館などで豪華な料理を出されると尚更です。通訳・介助者に名前や位置を教えてもらっても、その形や色などまで把握するのは難しいですから、どのおかずから食べ始めるかを判断するのは難しい場合があります。食事というものは「見る」、「嗅ぐ」、「味わう」の3つの感覚で味わうことで、食べることの楽しみがあるわけです。盲人や盲ろう者の場合は目が不自由な分、「嗅ぐ」、「味わう」の2つの感覚で食べることを楽しむわけですが、「見る」の感覚が欠けているために、本来の「味わうことの楽しみと感動」がどうしても半減してしまうのではないか?と思うことがあります。例えば美しい光景を目の前にして銘酒に舌鼓するのと、何も見えない空間で銘酒に舌鼓するのとどちらがより美味しく感じられるでしょうか?断然、見て味わうほうがより一層美味しく感じられますね。

そういう意味で、晴眼者(眼が見える人)と、見えない人にとっての食事とは、そのような差と違いがあるわけです。

(次回に続く)

 

 

『盲ろう者について』その[20]

●私と白杖

 

まず、白杖のことを 一般に「はくじょう」と呼びます。

数年前、私は視力がだんだん悪くなってきて初めて盲ろう者になってしまった時に 母から白杖を勧められました。しかし、当時の私は盲ろう者になってしまったショックが大きく、それを受け入れることに まだ大きな抵抗感がありました。ましてや白杖を持ち歩くということは、自分にとって 大変ひどく惨めであるように思えたので、最初はとても嫌でした。また、まだ軽い弱視の状態であったので、家族や歩行介助者の肩に捕まっていれば大丈夫だったし、通勤の時もなんとか自分1人で歩ける自信があったので、白杖など必要ないと考えていました。しかし、時々人や物とぶつかったりすることが多く、またぎこちない歩き方をしたりして 周りの人から変な目で見られることもしばしばありました。

そしてさらに視力が落ちてきて、だんだん一人歩きをすることが難しくなってきたため、やむなく白杖を購入することになったのです。初めて白杖を手にして、コッコッと床を叩きながら歩き回ってみました。その時白杖なしでの歩き方と比べて、何故か白杖を持っている方が 自然と安心感がわきあがってきたのです。「ああ、眼の見えない人にとって、白杖とはこんなに安心感を与えてくれるものだったのか!」とあらためて白杖が与えてくれる安心感と持ち歩くことの大切さを知りました。

初めて白杖を手にした頃はまだ不慣れでしたが、今では外出の際にはずっと白杖を使い続けています。しかし、私の体の事情などもあって 今まで「ロービジョンセンター」や「ライトセンター」などの施設に通っての歩行訓練は一度しか受けていません。(ただ、ある人から簡単に教わったり 盲ろう者関係の会報を読んだりするなどして、我流(?)で白杖を使い歩くようになってきています。

そうしているうちに、白杖に対しての抵抗感が徐々になくなっていきました。それどころか 外出の際にいつも支えてくれている白杖に対して 親しみと愛情を感じるようになっていったのです。毎日外出から帰る際に、白杖を玄関の傘立てに入れる時に「今日も僕を支えてくれてありがとう。明日もよろしくお願いします。」と 心の中で語りかけるようにしています。

ところがある日の朝、いつものように白杖を取り出して 仕事に出かけたときのことでした。駅に入ろうとするときに、白杖が誰かの足と強くぶつかってしまって、白状がポキリと折れてしまったのです。(当時は折りたたみ式の白杖でした)その時に 私は大変なショックと悲しみを覚えたのです。同時に、何故そんな気持ちを覚えることが出来たのか 自分も驚いてしまったほどでした。たかが白杖が折れたぐらいで、何故そんな感情を覚えたのでしょうか?その時初めて理由がわかりました。それは、白杖は“ただの道具”ではなく、いつのまにか私にとって かけがえのない“分身”のような存在になっていたのです。だから、白杖が折れた時、同時に自分の腕あるいは足が折れてしまったような痛みと悲しみが 自然と沸き起こってしまっていたのです。そう考えてみると、昔はあれほど「惨めな思いをさせられる!」と嫌っていた白杖だったのに、今は逆に自分の分身であるかのように 親しみと愛情を感じるようになっていたことは、本当に不思議なことでした。それは他の盲ろう者たちにもきっと同じことが言えると思います。

ろう者や難聴者にとって 補聴器が必要としているように、他の障害者にとっても毎日自分を支えてくれている生活補助具も、自分の一部であるかのように大きな愛情と感謝を感じているに違いないのだと思います。

さて、折れて使えなくなった白杖ですが、そのようなことを今まで3回経験しました。折れた白杖はすぐ修理に出し、その間に2本目の新しい白杖を購入しました。(しかし、修理してくれるところが東京都内の盲人協会事務所で、家の近くにはなかったため、遠くまで行かなければならないという不便さもありました。)ですから、今は白杖を3本所持しています。1本は非折りたたみ式で、1人で通勤しているときに使っています。家族や通訳・介助員と一緒に外出する際には、いつも折りたたみ式のものを使っています。もう1本(折りたたみ式)は万が一、白杖が折れたり、使えなくなったりするときに備えて、保存しています。

そのように 盲ろう者である私と白杖とは切っても切れない絆で結ばれています。皆さんも障害者である故に、補聴器の他、携帯なども 日常生活の中においては切っても切れない非常に大切な関係(つながり)になっていると思います。そして自分なりに愛情と感謝を持って 扱ってあげることが大切なのではないでしょうか?毎日 白状と接してきているうちに、私は徐々に 自分の周りにあるものに対して「感謝と愛情を持つ」ことの大切さを気づかされたように思います。

そのことは 多くの皆さんにも是非自覚していただきたいことなのですが、もし私が障害者でなかったら このような気持ちを持つことが出来なかったでしょう。自分が障害者であったからこそ、そのような気持ちを持つことが出来た…障害者の存在って本当に素敵なことだと思います。

同じ障害を持つ皆さん、どう お思いでしょうか?

(次回に続く)

 

 

『盲ろう者について』その[19]

●買い物してよかったこと

 

前回は、1人で買い物するときの不便について お話しましたが、今回は 良かった例について 話したいと思います。

ある日 妻に頼まれて、寿司の詰め合わせ弁当を買うために 同じスーパーへ出かけました。さて、寿司売り場はどこにあるのかなと 店内でウロウロしていた時に、たまたま女性店員(だったと思いますが)が 私の白杖を見て わざわざ声をかけてくれたのです。私は耳も聞こえないことを 相手に伝えると、彼女は手をとって 手のひら書きで応対してくれました。

「寿司の詰め合わせを買いたい」との用件を伝えると、彼女はわざわざ 私を寿司売り場のところまで連れてってくれました。しかも いろいろな詰め合わせの中から、彼女が半額セールで 中身も良くて手ごろな値段のものを教えてくれました。レジを済ませた後、わざわざ出口まで連れてってくれたり…。そのお陰で 短時間で買い物を済ませることが出来、家に帰った後で 妻とともに美味しい寿司を満喫できました。

前回で述べたように、1人だけの買い物は大変難しいですが、上のように 周りの人たちの支援がやはり重要であることを 体験を持って学びました。でも、いつも買い物に行くたびに 必ずしも上のように手伝ってくれるわけではありませんから、現時点では やはり盲ろう者1人だけの買い物は難しいと思います。日本のバリアフリーは 非常に遅れていますが、「なんとかしてくれ!」など 行政にお願いしたり任せたりするのではなく、やはり身近なところで 何かと困っている障害者や人がいたら、誰もが1人ひとり 自ら助けてあげられるような環境づくりを 進めていくことが大切なのではないかと思います。また、「誰か助けてくれる」ことを期待したり、黙って待ったりするのではなく、自分から周りの人に ささやかなことでもいいから協力してくれるように 呼びかけたり、お願いしたりする姿勢も大切だと思います。

他に 私はよく自分だけで近くのマクドナルドやドトール店に行きます。ドトール店の店員の皆さんは 私をよく知っていますので、行くたびに よく席のところまで私を誘導してくれています。マクドナルドでは 行く前に買いたい物をあらかじめメモして、それを持って レジの店員に渡すなど、買い物しやすいように工夫しています。

でもやっぱり あらゆるところへ行っての買い物は 難しいんですね。。。例えば、私はチョコレート大好きなので、セブンイレブンなどコンビニに行って 新発売のチョコとか、または季節限定発売のチョコの他に チョコモナカアイスを 妻に内緒で買いたくても それができないのですから、辛いと感じます。

でも眼が見えなくて 自分だけで外を自由に歩きまわれないお陰で、ある意味では 自分自身を自然に節制できるというメリットもあったりします。例えば、妻に内緒で 外でこっそりラーメンを食べに行こうと思っても できないおかげで、太らなくて済むというメリットもあります。(…のはずが、それでも何故か太ってしまって困っています・涙)

(次回に続く)

 

 

『盲ろう者について』その[18]

●買い物って大変!

 

私は数年前、まだ弱視が軽かった頃は 近くの大手スーパーまで 何とか1人で買い物をすることは出来ていたのですが、今は重度の弱視になっているため、それがだんだん難しくなりました。

前に妻に頼まれて 白ワインを買いに行ったことがありました。スーパーの場所や ワインコーナーの位置は、私がまだ眼がよく見えていたときに 頻繁にその店を利用していましたから、そのときの記憶を頼りに、自分1人で 何とか家から大手スーパーの中のワインコーナーまでたどり着くことが出来ました。しかし、問題は、バラエティーに富んでいて たくさん並べられているワインの中から どのワインを選んでよいのやら 非常に困難でした。味も良くて値段も手ごろな良いワインを選びたかったのですが、私の眼は 光も色も弱くて 瓶の中の赤と白の区別が難しかった。そこで、わずかな視力を頼って、ワインの前に たくさん並べられているラベル札(名前、色、値段)を一つずつゆっくりと調べたのですが、時間がかかって非常に大変でした。そのとき、値段も味も良くて“店長おすすめ”の白ワインと書かれた札を見つけたので、そのワインを買おうと思いました。しかし、その札の後ろ側に並んでいるワインを取って、ラベルの内容と一致しているかどうか調べてみましたが、どうも違うようです。「このワインで間違いない!」という自信がありませんでした。近くにいた店員を呼んで聞いてみたけれど、コミュニケーションが上手くいきませんでした。実はメモとサインペンによる筆談で コミュニケーションする方法があったのですが、あらかじめ用意してこなかったのが失敗だったのです。結局わからないままで、そのワインを取って レジのところへ持っていったのですが、計算機の数字をよく見てみると、買いたいと思っていたワインの値段よりも 3倍近く高かったことに気づきました。どうやらワインが違っていたようです。後になってわかったのですが、そのワインはとうに売り切れていたそうで、その札だけが そのまま張っていたままだったようです。もう買ってしまったので、やむなくそのまま ゆっくりと家に帰りました。出かけてから帰るまでの間、なんと40分もの時間がかかってしまったのです。家から歩いて3分程度のスーパーであるのに…です。しかも妻に渡したら、これは白じゃなく赤ワインだよと言われて、ショックでした。高いワインなのに 飲んでみるとあまり美味しくなかったのです。

僕なりに一生懸命頑張ったのに、結局味も美味しくない高いワインの買い物をしてしまったのです…。たかがワインを買うという簡単な動作さえも出来ない…自分の役立たずさ、情けなさをつくづく思ったものでした。独身時代、目がまだ良かった頃は買い物は楽しかったのに、今は眼が見えないので いろいろなものを自由に見られない、選べないことを思うと、盲ろう者の買い物って辛くて大変だなあ…とも思ったのでした。

でもいろいろな買い物は難しいけれど、簡単な買い物であれば、店員を呼んで話して目的の買い物が出来るように工夫することも大切だということを学びました。僕の場合、視力はほんのわずかしかありませんが、上に述べたように、メモとサインペンを使って 店員と簡単な筆談が出来る力がまだ残されていたのです(実際読むだけでもやはり大変とか、疲れると感じることはありますが…)から、その方法で買い物をすればよかったと反省しています。

(次回に続く)

 

 

『盲ろう者について』その[17]

●外出で一番困ることとは?

 

私の場合、通訳・介助員の歩行介助なしで 外出する際に 一番困るのは、トイレ探しです。それは 他の盲ろう者たちも同様だと思います。

今のところ、1人で外出する時に トイレに行く場所がごく限られていますが、例えば 通勤時に 駅の構内トイレに行くことができるのは、いつも乗り降りしている駅のみです。理由は数年前 まだ眼がよく見えていたときに、通勤しながら よくその構内トイレを利用していましたので、そのときの記憶と わずかな視力を頼りにして 自分ひとりだけで利用できるようになっています。しかし、東京駅や横浜駅のような 広大な構内の所だと、トイレを探すのは とても難しく、いざという時に探し出せないので大変です。

数年前の話ですが、仕事を終えて 都内の駅から電車に乗った時に、たまたま 尿意を感じました。しかし、もう乗ってしまった以上 途中で降りて トイレを探すことは難しいし、しかもいつも降りる駅までは 1時間以上もかかるため、最初は着くまで座って我慢していようと思いました。しかし、時間がたつにつれて、だんだん我慢できなくなりましたので、私はやむなく途中の駅で降りました。もし、大の大人のくせして 電車内で漏らすようなことがあったら…もう明日から とても恥ずかしくて外を歩けなくなります。そう思った私は「早くトイレに駆け込みたい!」と思いながら、しかし ゆっくり出口方向を確かめて、ゆっくり歩いて、ゆっくり階段を下りて、ゆっくりトイレのマークを探して、ゆっくり誘導ブロック上を歩いて、ゆっくり男女の入り口マークを確認して、やっと小便器にたどり着いた時は、もう爆発まで後0.1秒といった心境でした。降りてトイレにたどり着くまで なんと時間がかかったことか!「盲ろう者ってすごく不便だなあ…」と思いました。本当に間一髪セーフ!といった出来事で、皆からして笑っちゃうようなお話かもしれませんが、盲ろう者の立場からして やっぱり「トイレへ行く」、「トイレを探す」という簡単なことさえも出来ない、とても深刻な問題なのです。そういう体験が3,4度ありました。

その頃は 盲ろう者になったばかりで まだ視野狭窄(しやきょうさく)が軽かったので、トイレの中の便器やお手洗いなどの 位置や方向をつかめていたのですが、今ではさらに視野狭窄が重くなってしまったために、その位置や方向がほとんど分からなくなってしまっています。今は全盲に近い弱視ですから、もし途中の駅で トイレに行きたいと思っても、上記のように探すのは とても難しいです。

以前、電車の中でまたトイレに行きたいと思い、我慢できなくなって 途中の駅で降りました。数年前のように 自分ひとりでトイレを探すのは難しかったので、仕方なく周りの人に大声で「すみませーん!」と何度も呼びかけ、やっと寄ってきてくれた人にお願いして トイレに連れてくださったので 何とか事なきを得ました。でも知らない人間に「トイレに連れてってください!」とお願いすること自体が恥ずかしかったです。もし、自分が女性だったら、余計恥ずかしくて言い出せないままで、大変非常に困ってしまうでしょう。

そのような体験をして以来、外出の時に トイレに行かなくてもいいように、家や会社を出る前に 必ず用を済ましておく、出る1時間前の間には飲まないようにするなど 注意と工夫をするようにしています。

通訳・介助員と一緒であれば、トイレまで案内してくれるので安心ですが、介助員が女性だと トイレの中までの案内は難しいので、その場合は自分で入り口から手探りしながら 便器やお手洗いを探したりします。また時折まわりの人が親切に誘導してくれたりすることもあります。

盲ろう者が1人で外出する際に そのような困った出来事に出っくわすことが多くありますから、こういう時は家族や友人、通訳・介助員と一緒に歩行介助してもらうことが 非常に大切です。盲ろう者も人間ですから、どこへ行こうとも それは盲ろう者の権利と自由であり、それは守らなければいけないものです。ですから、皆さんの身近なところに 盲ろう者がいたら、友達関係を作って“共につきあう”という形で、歩行介助する、おしゃべりしながら 盲ろう者も皆さんも外出を楽しめるように、お互いに助け助けられるようにしていけたらいいと思います。皆さんもどうか盲ろう者たちのお友達になってあげてください。

(次回に続く)

 

 

『盲ろう者について』その[16]

●日常の周りの 様々な物事を掴むことが出来ない、対応が出来ないことの 不便とそのもどかしさについて

 

私は 数年前までは耳が聞こえなくても、眼は見えていたので 日常の仕事や生活などにおいて 様々な物事をごく当たり前に 感知あるいは理解することによって、行動したり それらに対応したりすることは 出来ていたのです。感情的な面においても、様々な物事に 怒ったり、喜んだり、悲しんだりすることも 当たり前のように経験していました。でも、それらは 眼が見えてこそのお話なのです。

私は 眼が見えなくなってから、日常のあらゆる面において 様々な物事がわからない、またどう対応したらいいか難しくて、「ああ、私はただのデクノボーになってしまったのか…何かをフォローしたり、いろいろとお世話をしたり 助けてあげることも 出来ないんだ…」と 自分の役立たずさに 非常にもどかしく思ったものでした。ある一例の話ですが、以前に 妻と一緒に 駅近くのドトール店へ行ったときのことです。私も妻も いつもコーヒーを飲むのが好きで、いつもその店を愛用しています。ある日、妻と一緒に 店内のカウンターの席で お話していたとき、妻は たまたま 手前のアイスティーを床にこぼしてしまったのです。コップの中の液体と 粒状の氷がパーッと 床に広がるようにしてこぼしたのです。普通だったら、夫の私が 店員を呼ぶなりして 妻をフォローしますね…。しかし、そのときでさえ 私は盲ろう者ゆえに 一体何が起きたのか 全くわかりませんでした。妻が「床にこぼしちゃった!」と伝えただけで、私は 具体的に どのようにこぼれ落ちたのか、その様子がわからず、びっくりもしないで 自分はどうしたらいいか フォローも出来ないまま ただじっとしていただけでした。隣に座っていた客が、私が何もしないのを 怪訝そうに見て、代わりに店員を呼んでくれたのです。店を出た後、妻から詳しく説明してもらって、初めて 状況がわかりました。いざという時に、妻をフォローできなかったことの情けなさ…腹立たしさ…もどかしさ…を思い、眼が見えないことを とても恨めしく思いました。今度もし、妻に何か大事があったら…大地震でも起きたら…、いざという時に 行動も対応も取れない身の上の私にとって、これからの将来を考えると とても不安になったり、自分の情けなさを つくづく思ったりしました。

他の盲ろう者も 同様です。数年前、新潟中越地震がありましたね。その時に その地域の盲ろう者たちは 一体どうしていたのか、詳細を知る機会はありませんでしたが、私の知り合いの盲ろう者は「せめて 関東の大地震は 私が死んでから後にして欲しい!」と 不安を述べていました。…私も同感ですね。

そんなときには、まわりの人たちの支援や サポートが重要ですね。でも支えられるだけでなく、盲ろう者だって きっと役に立つこともあるんだ!と信じたい…、まわりの人をも支えてあげたい…われわれは決して ただの“デクノボー”なんかじゃないんだ!ということを 証明したい…そんな気持ちで望んでいるのです。日常生活の面でも 同様です。例えば、私は玄関先で 宅配便や新聞代の取立てなどに 上手く対応することは難しいので、いつも 妻が代わりに対応してもらっています。しかし、代わりに 私がシルウォッチ(振動式腕時計)を着用して、誰かが来たときに 妻に知らせるようにしています。これも “助け合い”のひとつの形です。…確かに 盲ろう者にとって、いざというときの対応は難しいです。それでも、ひとつひとつ工夫を考えながら、出来る限り まわりの様々な人や物事に 対応できるように考えていきたいと 常々思っています。…他の盲ろう者たちも きっとそれと同じようなことを 考えているに違いないと思います。

明日、明後日、一週間後、1ヵ月後、1年後…一体何が起こるのか 誰にもわからないものです。いざというときに 私たち盲ろう者は どう対応していったらよいのでしょうか?この問題は、盲ろう者にとっても 支援・サポートする側にとっても 今後 共に取り組んでいかなければならない課題のひとつです。いつ何が起きても 安全でかつ冷静で対応出来るように、“緊急対策システム”づくりが大切です。

でも一方 不安がないとは言い切れないけれど、ここはひとつ「なんとかなるようになる!」という気持ちで割り切って 立ち向かっていく…その気持ちも 大切なのかもしれませんね。盲ろう者になったことで、あらためて その気持ちの大切さを 教えられたような気がします。

なんとかなるようになる!!!いつでもくじけずにガンバ!!!いつでも明るく 前向きな気持ちで生きていこう!!!いつも支えてくださっている 仲間たちに感謝です。p(^-^)q

(次回に続く)

 

 

『盲ろう者について』その[15]

●盲ろう者になったときの“葛藤”と“苦しみ”

 

さまざまな人が 徐々に あるいは 突然に盲ろう者になってしまったとき、「眼も見えない!、耳も聞こえない!」という現実を 目のあたりにして、誰でも必ず 絶望のどん底に突き落とされ、暗闇の中で もがき苦しまなければならないという時期を、盲ろう者のほとんどは 経験していると思います。そして この苦しみと 恐怖は 盲ろう者本人でなければ、決して理解することは難しいでしょう。逆に 生まれたときから すでに眼も耳も不自由な子(盲ろう児)は、見える・聞こえる世界というものを 知らないわけですから、そのような子供たちは おそらく 精神的苦痛を感じていないと思います。聴覚障害者の場合、生まれつき あるいは 幼少の時期で高熱や病気が原因で 聞こえなくなった人は 聞こえる世界を体感していませんから 聞こえなくて不便を感じていても、それほど 精神的苦痛を感じていないのがたいていだと思います。何故なら まだ“眼が見える”手段があったからです。盲人の場合も “耳が聞こえている”手段がありましたから、同様のことが言えます。もちろん、日常生活の中で さまざまな不便を 感じていなかったわけではありませんが、現在 さまざまな福祉機器や 補装具などの開発や販売が 普及してきているおかげで、障害者の日常の暮らしも向上してきています。例えば 聴覚障害者の場合、補聴器、テレビの文字放送デコーダー、FAX、携帯メールなどが生活必需品ですね。現在では 昔と比べて さまざまな機器や補装具などが 機能的に便利になってきているおかげで、障害者でも 精神的苦痛を感じる人も 昔と比べて減ってきているように思います。

ところが 成人していくにつれて、聴覚障害者は 眼も見えなくなったり、視覚障害者は 耳も聞こえなくなったり、また健常者の人が 両方とも不自由になったりして、今まで慣れ親しんだ“光”と“音”の世界から切り離され、無の宇宙空間のような 暗黒の世界に放り出されたような感覚を受け、その時に初めて 非常な精神的苦痛に苦しみ、悩まされます。何よりも 辛いと感じるのは、眼や耳を頼りに 入ってくるさまざまな情報が、ある日を境に または徐々に 入りづらくなって、今まで当たり前のように 自分で行動したり、さまざまな物事に 対応出来たりしていたことが出来なくなった、コミュニケーションが難しくなったという点でしょう。例えば 盲ろう者の福島智先生(現・東大助教授 先端科学技術センター勤務)も、例外ではありませんでした。彼が9歳のときに 失明しましたが、まだ聴力が残されていたので それほど精神的苦痛を感じていなかったそうです。ところが 18歳になって 今度は聴力を失ったために、その時に 彼は初めて精神的苦痛を味わったそうです。今まで 音を頼りに さまざまな物事を把握したり、周りの人とお話したり、情報を仕入れたりしていたのに、耳まで聞こえなくなったために 周りのことが全くわからなくなり、絶望のどん底に突き落とされたようなショックを受けたと言います。

自分が 盲ろう者になってしまったという“現実”を受け入れられず、数年間も引きこもりになった 盲ろう者も大勢いると聞きます。現在、日本では 盲ろう者数は13,000〜20,000人と推計されていますが、全国盲ろう者協会に登録されている 盲ろう者数は約700名で、全体の3.5〜5%程度しか 生活の実態が把握されていません。残りの95%は、いったいどこで、どのような生活と暮らしをされているのか、明らかにされていません。そのほとんどは 家に引きこもりがちになっているのではないかと 予想されます。彼らが初めて 盲ろう者になった時の恐怖、不安、苦しみ、絶望…そういったさまざまな感情と気持ちは、盲ろう者本人でない限り 誰も理解することは難しいでしょう。

私が盲ろう者になってしまったときに 体験した苦しみは、今まで味わったことのないような 人生最大の苦しみと恐怖、そして不安でした。今まで35年間の歳月を費やして、コツコツと積み上げてきたものが 一瞬にして もろく崩れ去ってしまったような感じでした。私が味わった かつてない苦痛をわかりやすく説明すれば、大変非常に 狭くて小さなトンネルの中を 腹ばい状態になって 前へ進んでいるような感じでした。立つことも、歩くこともままならず、両手足を前後に伸ばしたままの格好で、必死で 前へ前へと 這いつくばっているのです。そして この先何千、何万kmも続いているかもしれない、狭くて窮屈そうなトンネルの中を 24時中這いつくばっているのです。そのような状態の自分を 想像してみてください。誰でも きっと気が狂いそうになり、いつまでも そこから抜けられないという恐怖におののき、激しくのたうちまわることでしょう。また 別の言葉で表現するなら、海の中から 水の上へ出たいともがいていても、足には鉄の鎖で がっちりつながれているために、出たくても出られないのと似ています。それどころか、その鎖は 徐々に暗くて深い海の底へ引きずり込もうとしています。耳も聞こえない、眼も見えないというのは そのようなものです。ですから、最初は 誰でもその“現実”に対して、素直に受け入れられず 激しく抵抗するのがたいていだと思います。

盲ろう者になった時の“葛藤”と“苦しみ”とは どういうものなのか、少しはお分かりいただけたことと思いますが、全国各地の盲ろう者団体(友の会など)に入っている 盲ろう者たちは、そのような苦しみと葛藤を 乗り越えてきたと思います。盲ろう者団体に入っている 盲ろう者の皆さんは、誰一人として 暗い表情をしているものはなく、明るくいきいきとした表情で 行事や活動に参加したり、交流を深めたりしています。

(次回に続く)

 

 

『盲ろう者のイロハ』その[14]

8.筆談(PC筆記)

 

APC筆記

パソコン(PC)筆記通訳とは、通訳者専用のパソコンに 文字を打って、それとつないでいるもうひとつの 盲ろう者専用のパソコンの画面に、文字を大きく投影することで、盲ろう者、特に弱視タイプの人に 情報を伝える手段。現在、私も 触手話の他 PC筆記通訳もしばしば受けています。

私は触手話通訳の他に、講演会、懇談会など 長い時間の時は ほとんどPC筆記通訳をお願いしています。

何故、PC筆記通訳が必要なのかと言うと、私個人の話になりますが、初めて PC筆記通訳を経験したのは、平成14年の夏、T県で開かれた集会に参加した時です。その頃は、触手話の読み取りが まだ未熟であったが、文字を眼で認識できる力が残っていたので、試しにPC筆記通訳をお願いしました。パソコン画面上に横に並べた 大きな文字を見ることが出来て 大変わかりやすかったのです。感想として、触手話より PC筆記通訳の方が大変わかりやすくていいと 改めて思いました。また K県で開かれた大会に参加した時に 触手話の通訳をお願いしたが 失敗した経験があります。その大会には、長崎原爆被爆体験者のろう女性をお招きしての 講演があったので 是非聞きたいと思っていたのですが、そのろう女性の手話が早くて、読み取りが未熟な私は そのスピードについていけなかったのです。話の全容がわからないまま 終わってしまい、とても悔しい思いをしたことがありました。やはり触手話よりもPC筆記通訳が必要だと感じたのが その理由でした。

ここでは PC筆記通訳を通して 私が感じたメリット面とデメリット面について お話したいと思います。

 

●メリット面

1.要約筆記(手書きによる筆談)と比べ、文字がとてもきれいで、大きさも均一。

2.盲ろう者一人一人の希望に合わせて、パソコン画面の文字の色、背景の色、フォントなど 自由に変えることができる。

3.要約筆記と比較して、通訳のスピードが早い、話の内容が正確に伝わる。情報量も深くなる。

4.大会や講演などの場所で、会場はほとんど暗めになるが、パソコン画面自体が明るいので、暗い場所でも読みとりが出来る。

5.通訳者専用のパソコンが1台あれば、通訳者が使っているパソコンから HUB(ハブ)やLAN(ラン)ケーブルで 複数のパソコンにつなぐことによって、複数の盲ろう者専用パソコンに 文字を拡大投影させることが出来る。

 

●デメリット面

1.盲ろう者一人一人の見え方がまちまちで、2人以上で一緒に 1台のパソコンを見ることは難しい。

2.経費と労力の負担が大きい。「通訳者専用のパソコンを持っていても 盲ろう者専用のパソコンがない」ということで、盲ろう者本人が 自分でパソコンを購入しなければならない。またパソコンを背負っての 持ち運びが重くて大変。

3.パソコンの準備と後片付けに 時間がかかる。パソコンをつなぐ、プログラム起動などの準備のために、通常は始める30分前に会場に着く必要がある。
また終わった後で、パソコンの片づけなどにも時間がかかる。時間がないときなど 急いで片づけなければならない。

4.講師がろう者、盲ろう者の場合、読み取り通訳者が 時々話の内容を間違えて読みとってしまうことがある。パソコン通訳者は 耳でそのまま内容を忠実に聞きとって、画面を見つめながら打ち込んでいるため、話す側と 聞く側の間に内容のズレが生じてしまうことがある。

5.パソコンの文字がきれいで読みとれても、例えば 講演者の話すスピードが速いと、PC画面の文字が上へ流れていくスピードも早くなってしまう。盲ろう者一人一人によっては 読み取りの速度がまちまちで、視力の弱い人ほど 読み取りが遅く しばしば内容を読み漏らしてしまう場合がある。(講師がゆっくり話してくれる方が読みやすい)
(了)

 

以上で 8通りのさまざまなコミュニケーション手段についてお話しました。いかがだったでしょうか?盲ろう者のコミュニケーションは「コミュニケーションのデパート」と言われるぐらい 本当にいろいろとあるのが よくお分かりいただけたことと思います。

そのように 一人ひとりの盲ろう者は 自分に適したコミュニケーション手段を用いて、周りの人と コミュニケーションを重ねながら 交流を深めるようにしています。また コミュニケーションを多く重ねることによって、盲ろう者自身の自立と社会参加を促進していくための 重要なきっかけとなっていきます。盲ろう者も 常に周りの人とのコミュニケーションを望んでいるのです。東大助教授の盲ろう者・福島智さんも「コミュニケーションは 盲ろう者の命を支えるもの」と言っています。

盲ろう者として お願いしたいことは、皆さんが健常者であれ、聴覚障害者であれ、私たち盲ろう者に対して、決して遠慮することなく 交流を深める、交流の場に参加することで 盲ろう者のことを徐々に理解を深めていってほしいということです。そのことをご理解の上、是非皆様一人ひとりが 盲ろう者に積極的に関わってくださるように 心よりお願いしたいと思います。

では、次回からは 盲ろう者としての苦しみと葛藤、日常生活の中で 私が感じている様々な不便などについて お話したいと思います。

(次回に続く)

 

 

 

『盲ろう者のイロハ』その[13]

7.音声と 8.筆談について

 

7.音声
補聴器を使っている 盲ろう者(特に、聴力がまだ残っている 難聴タイプの人)に対して、補聴器をつけている側に 通訳者が近づけて、音声で内容を伝える手段。

これは 単純なように見えますが、実際は そうではない。盲ろう者にあわせて 注意しなければならないことが いくつかあります。

例えば、補聴器を使っているので、初めから あまり 大きな声で話かけると、その盲ろう者は ビックリします。その場合、少し小さめの声で 話しかけ、徐々に 声を大きくしながら 話し始める。声の大きさを 変えてみて、盲ろう者が「聞こえます」と言われたら、その声の大きさで 話していきます。

初めは 少し小さめの声で 話かけてみることが 重要。盲ろう者の聞こえ具合が さまざまにあるので、大きさ、高さ、話すタイミングの取り方などを 盲ろう者にあわせて 調整する必要があります。しかし それは まだ一例に過ぎません。他に 盲ろう者(特に難聴の人)の希望によって 一人ひとりに合ったルールに沿って 通訳することが いろいろあります。

そのことから、音声通訳も なかなか 難しい通訳作業であることを 少しはわかっていただけると思います。

 

8.筆談(手書き・PC筆記)
筆談には @手書きと Aパソコン筆記があります。ここでは @手書きについて お話します。

@手書き
紙(メモ)、黒板、ホワイトボードなどに 内容や 用件を書いて、盲ろう者に見せて 伝える手段。

これも 他のコミ手段と同じように 盲ろう者にあわせて、いくつかの注意と ルールがあります。

一例として、私の勤務先でのコミ方法を述べることにします。私の勤務先では 社員同士のコミュニケーションを スムーズに図れるように、以前に 社内メールを通して 下記のように お願いしています。

 

『(中略)

…今 私に対しての 直接の伝達手段は 4つあります。

1.筆談  2.手のひら書き  3.指文字  4.触手話です。

今のところ、社内で 3と4で 私と お話できる人は、手話が 少々 出来る Kさんのみです。他の人たちにとっては 1 または 2のコミュニケーション手段が 一番やりやすかろうと思います。それで、1と 2について、いくつか 注意していただきたいことがありますので 説明します。

●筆談について

筆談とは 文字通りに 紙に文章を書くなどして、用件や 内容を 相手に伝える手段です。盲ろう者の立場からして、筆談用の紙のサイズは A4またはB5用紙を 半分に折った大きさ以下の程度のものが良く、これに 太いサインペン あるいは マジック(ボールペンはだめです)で 書いていただくのが 一番良い方法です。B5や A4サイズだと とてもわかりづらいです。また 書く色は 必ず黒にしてください。赤とか オレンジ、明るい緑では なかなか 見づらいです。(実際は 紙が黒、マジックペンや サインペンの色が 白で 書いていただければ 大変わかりやすいのですが、それらを売っているところが 非常に限られているため、入手しづらい状況です)また、文字を書くときに、まず 自分は誰であるかを 最初に 自分の名前を書くようにしてください。でないと、私自身 相手が 一体誰であるか わからなくて困ってしまうのです。私の眼は 視野狭窄(しやきょうさく)で 視野が 非常に狭いので、文字や 文章は あまり大きく書かないようにしてください。(ごく普通の 大きさで書けば わかります)今まで 何人か そのように 大きな文字で書いていただきましたが、かえって 非常に読みづらかったです。また、縦書きでなく 横書きのみで 書くようにしてください。他に、文字や 文章を書くときは 出来れば きれいに書いていただければありがたいです。殴り書きとか 乱筆だと 多くの文字が崩れやすくなるので、なかなか読めません。

私の場合、実際に 上のような方法で 書いた筆談を見ても、1文字ずつ 確認しながら ゆっくりと読んでいますので、気軽に読むというのは 難しいです。

私に用がある場合は、まず 肩を軽く叩いて(強く叩いてはいけません)から、自分の名前を伝える、それから 上のような方法で 用件を伝えてください。…(以下省略)』

現在 1人を除いて、他の社員の多くは 挨拶したり、話しかけてきたりすることは あまりないですが、社内のメールを利用して 会話することが しばしばあります。また 僕のパソコンのワープロを 相手に打ってもらって 内容文を 画面に 拡大表示させることによって、間接的に 話しかけてもらうなど コミュニケーション方法に さまざまな 工夫をしています。今後も 少しずつ 社員とのコミュニケーションを 増やしていきたいと思っています。

他の盲ろう者の中に、例えば 電灯の真下のような 明るいところで 書いてもらわなければ、暗くて よく読めないという人もいます。そのように、(何度も言うようですが)盲ろう者一人ひとりの 見え方・読み方がまちまちあるので、通訳者も 皆さんも 出来る限り 一人ひとりの要望に合わせて 筆記通訳する必要があります。

 

次回は Aパソコン筆記について お話します。

(次回に続く)

 

 

『盲ろう者のイロハ』その[12]

5.指文字と 6.手のひら書きについて

 

5.指文字

指文字は、「指を いろいろな形に 組み合わせて、文字の代わりにする符号」であり、現在 聾者たちの会話でも よく使われています。指文字には 五十音式の指文字と アルファベット式の指文字、数字の指文字があります。これは どこでも 練習して 覚えさえすれば、誰でも出来る コミュニケーション方法です。

指文字だけによる 短い会話なら 簡単ですが、その方法で 会話をする人は 少ないと思います。一方、手話と 指文字を 一緒に使う人が 多くいます。講演とか 会議などの 長い話になると、指文字だけでは 読み取りが 大変です。例えば、会議を始めるときに、司会が 口述 あるいは 手話で 「では 会議を始めます」と 簡単に話しても、それを そのまま 指文字で通訳する場合、「デ・ハ・カ・イ・ギ・ヲ・ハ・ジ・メ・マ・ス」と 一文字ずつ 指の形を 変えながら 時間をかけて 盲ろう者に伝えなければいけない。一所懸命に 通訳しても 話が どんどん 先に進んでしまい、読み取りの方は どうしても 話に遅れてしまう、ついていけなくなるという 問題点もあります。

その他に、盲ろう者同士が 触手話で 会話をする場合、どちらも 住む地域が異なっている、手話の方言が異なっていると、触手話だけでは お互いに通じるのは 難しい。そこで、指文字は 全国共通ですから、盲ろう者同士が 相手の言っていることが 正確に伝わるように 触手話と 一緒に指文字が よく使われるケースが 多くあります。

また、指文字のみで コミュニケーションをするときに、お互いに 両手を触れ合って、相手の発言を 左手で 一文字ずつ読み取り、自分の発言は 右手の指文字で 相手の左手に 一文字ずつ伝えたりします。指文字を表したり、読み取れる時の早さは、人によって まちまちです。

 

6.手のひら書き

盲ろう者の 手のひらに 指でひらがな、カタカナ、漢字などを書いて 内容を伝える方法。これは 誰でも出来る コミュニケーション方法です。また、途中から 聞こえなくなった盲ろう者(盲ベース)でも わかりやすいコミュニケーション方法です。しかし、短い会話なら出来るが、指文字と同じように 長いお話(会議や 講演など)には ついていけなくなる問題もあります。

盲ろう者が初めて 手のひら書きを読み取るとき、最初は なかなか 慣れないため、内容が読み取りづらい。これは 人の背中に 文字を書いて 順番に伝える 伝言ゲームのようなもので、スムーズに 読み取れるのは 難しいです。皆さんも 試しに 目を瞑って(目隠しして)、手のひら書きを受けてみてください。誰でも 手のひらに 何と書かれたか、難しく感じられることでしょう。ですから、通訳・介助員も 皆さんも このことを 考慮して、なるべく 1人ひとりの盲ろう者の 希望に合わせて、早めに あるいは ゆっくり書くか、また カタカナと ひらがなの どちらで書くかを 調整して スムーズに伝えられるように してください。盲ろう者の中で 慣れている人であれば、漢字や アルファベットも すばやく 読みとれる人もいます。(私個人としては、ひらがなと カタカナの 区別が分からない、特に 漢字の読み取りが 非常に難しいので、いつも ひらがなだけで ゆっくりと 書いてもらう方法で コミュニケーションしています。)

通訳・介助員や 一般の皆さんが 初めて 盲ろう者に接する時、自分は 点字も 手話も 難しい場合は、まず 相手の手のひらに ゆっくりと、自分の名前を 書いて話しかけてみてください。一所懸命に 伝えることで、相手に分かってもらえると思います。盲ろう者は 見えないし・聞こえないので、 隣に 誰かがいても 気づきません。実際に その人(健常者)が 手をとって 手のひら書きするなど、話しかけてあげないと 盲ろう者本人もわからない。初めて 会う時に 遠慮しがちな人が 多くいますが、盲ろう者からは 「あの人は何だろう?」、「何も話さないで…」「とっつきにくいなぁ」と 思われてしまいます。ですから、自分の身近なところに 盲ろう者がいると わかった場合は、是非 自分から 積極的に話しかけてください。話しかけるきっかけは 何でもいい。是非 トライしてみてください。上手い・下手に こだわらないで、いろいろと 一所懸命に伝える、話しかける姿勢が とても大切です。

 

次回は 音声と 筆談について お話します。

(次回に続く)

 

 

「盲ろう者のイロハ」その[11]

3.点字と 4.指点字について

 

3.点字

☆点字タイプライターの種類

T.ブリスタ

昔の お弁当箱のような 小さな感じの 速記用点字タイプライター(ドイツ製)。
キーを たたくと、機器の 横の方から、点字が 打ち込まれた、幅13ミリくらいの 紙テープが 出てくる仕掛けで、点字の 分かる 盲ろう者が 指で テープの点字を 読み取っていく方法です。
たとえば 1つの部屋に、点字が読める 盲ろう者が 何人かいて、テーブルを 囲み、通訳の人が ブリスタを打っていく。その 細長いテープを、ずっと 円に並んで みんなで 読みとっていくという 方法もあります。主に、会議の時に 使われます。小さく 軽くて 持ち運びが便利、カバンに 入れることもできます。これが 速記用タイプライター「ブリスタ」という ドイツ製の機械で、価格は 約9万円くらいです。これは 障害者の 生活補装具として、地元の 役所に 助成を申請すれば、たいていは 役所側の負担で 購入できます。以下の 様々な機器についても 同様に 購入できます。
この 小さな機器には 左側と 右側にそれぞれ キーが 3つずつ 並んでいて、左手の人、中、薬指と 右手の人、中、薬指で キーを 叩くように 出来ています。キーには 番号が 打ってあって、左の人差し指が 1の点、中指が 2の点、薬指が 3の点。右手の人差し指が 4の点、中指が 5の点。薬指が 6の点になっています。また 点字は 6つの点の 組み合わせで、左上の点が1、左中が2、左下が3、右上が4、右中が5、右下が6の 順になっています。この 配列を パーキンス式と 言います。
例えば、左手人差し指1本で 「あ」、次に人差し指と 中指2本で「い」という 具合に 両手指6指の 組み合わせによって、50音字を 打つことが出来ます。また、点字は 6つの点の 組み合わせで、これは 万国共通です。ただし、文字の組み合わせは それぞれ 国ごとに 異なります。

U.アポロブレーラー

大きくて 重たいものですが、キーの配列は ブリスタと 同じです。ブリスタが打てるようになれば 難しくありません。これは、1枚の紙を 利用して 打ち込んでいきます。たとえば、盲ろう者同士で 点字の分かる人が これを使うことによって、文通したり、学校に通っている人は ノートにとったりしています。

他にも、ライト式や パーキンスブレイラーと いうものもあります。

 

4.指点字

ブリスタ(点字タイプライタ)と 同じように 盲ろう者の指を タイプライターに見立てて、通訳者が 盲ろう者の両手指を 叩く方法。

ブリスタを 打つときのと 同様に 左右6指を 叩くように打ちます。左の人差し指が 1の点。中指が 2の点、薬指が 3。右の人差し指が 4。中指が 5。薬指が 6。指点字は あいうえお・・・の 五十音を ブリスタと 同じように 表すことができます。また アルファベットの 組み合わせもあります。

途中から 聞こえなくなった 盲ろう者の場合、すでに 日本語を 習得されているので、例えば 言葉の語尾まで 「どこへ」とか 「何を」とか、「どうした」など 文の最後まで 通訳することが出来ます。途中から 聞こえなくなった 盲ろう者にとって わかりやすい コミュニケーション方法です。

この 指点字は、東大助教授を勤めておられる 盲ろう者の 福島 智さん(盲ベースで 全盲ろうタイプ)の お母様が 発案されたもので、智さんの他 大勢の盲ろう者も 使用しています。指点字が 多く使われている 地域もあれば、あまり 使われていない 地域もあります。神奈川県のケースですが、盲ろう者たちの コミュニケーションは ほとんどが 触手話で、指点字、点字、音声などが使われている 盲ろう者は 非常に 数少ないです。

この“指点字”という 特殊とも思える コミュニケーション方法は、世界中の 盲ろう者たちを 見回してみても 使われているのは 日本だけだそうです。ちなみに 指点字通訳者が 福島さんの指を 叩く様は、まるで コンピュータのような早さで、福島さんは 瞬時に 内容を読み取っています。これは かなりの 訓練と 技術を 要しているようです。

 

このように、点字と 指点字は 盲ベースの ほとんどの人の間で よく使われています。相手の話などを 読み取るときは、ブリスタによる点字や 指点字を 使いますが、盲ベースは もともと 聞こえていたことがあるので、自ら 皆に伝えるときは 口で述べるようにしているのが たいていです。この場合は、通訳者が 聞き取って、ブリスタで あるいは 指点字で 盲ろう者に伝えます。(ろうベースの場合 口述や 発音が難しい人が 多くいます)また、盲ろう者が1対1の場合、口述・発音しても 相手に伝わりにくいので、その場合は お互いに 点字 あるいは 指点字を使って コミュニケーションするようにしています。

 

では 次回は、指文字と 手のひら書きについて お話します。

(次回に続く)

 

 

『盲ろう者のイロハ』その[10]

●触手話の使い方と 注意について

相手(盲ろう者)と 触手話で お話しするときは、まず 相手の 両手のひらを 自分の手の甲の上に 乗せるようにして(重ね合わせるようにして) 話しかけます。その時は 手話の表現を はっきり 少し 大きめにしてくれると ありがたいですね。

例えば 手話で 「今回は」と 表現しても、相手は それが 「今回」なのか 「今」なのか「今日」なのか 「現在」なのか わかりにくい場合が あるので、指文字も 一緒に 表現するように してください。(手話を 習っていない、使っていない 方々には よく ご存知でないと 思いますが、ひとつの 手話の形を 表現する時、その意味が いろいろと あります。つまり、いくつかの言葉が あっても 表現する手話が 同じ あるいは 似ているパターンが 多くあります。例→「何故」の 手話表現が 「意味」、「理由」の 表現と 同じになります。)

皆さんが 触手話を 使うときは、相手(盲ろう者)の 指(特に親指)を 決して 強く 握ったり しないように 注意してください。かえって 盲ろう者たちは 読み取りづらく なったり、指や 手が 痛くなったりします。指は 出来るだけ 使わないようにするか、やわらかく 握る程度に してください。

逆に 盲ろう者自身から お話しするとき、相手(ろう者か 健常者)に ちゃんと 伝わっているのか、ちゃんと 聞いてくれているのかを 盲ろう者自身は 眼が見えないので 確認することは 出来ません。ですから、相手が 「ちゃんと 聞いていますよ」という サインを伝える 必要があります。その場合、盲ろう者が 話している間に、盲ろう者の 手か 足に 軽く 「トントン、トントン」と 叩くように してください。そうすれば 盲ろう者も 自分の話が ちゃんと 伝わっていることを 確認することが 出来ます。盲ろう者同士の 会話も 同様です。

 

片手だけで 読み取りが ベテランな 盲ろう者もいますが、盲ろう者同士が 話し合うときに 片手で 相手の手話を 読み取り、もう一方の 片手は 触手話で 相手に 伝えたりできる やり方で コミュニケーションしています。

盲ろう者と 一緒に 道を歩いているとき、盲ろう者は 白杖を片手に、もう一方の 片手は 通訳・介助員など 歩行介助してくれる人の 肩とか 腕に つかまっているため、両方の手が 使えないままで 歩きながらの 会話は難しいです。お互い、沈黙の状態で 歩くか、あるいは 立ち止まって 会話したりします。しかし、歩きながら 会話する 方法として、自分の片手と 相手の片手を 取り合いながら、お互い 片手のみの 触手話で 話し合うこともあります。私の場合は まだまだ 未熟です。

以上 説明しましたが、それでも 実際 やってみなければ わからないことが まだまだ たくさんあると 思います。『百聞は 一見に如かず』…です。

 

次回は 点字と 指点字について お話します。

(次回に続く)

 

 

『盲ろう者のイロハ』その[9]

1.触読(しょくどく)手話(触手話)と 2.接近手話について

 

1.触手話(しょくしゅわ)

盲ろう者の場合、周りが見えない、視力がないために、相手は手話を表わしても、どのような内容なのか 伝わらない、わからない場合が 多くあります。その場合、話す相手の 手に触って その手話から 内容を読み取る方法を使います。それを 「触読手話」または「触手話」といいます。

 

2.接近手話

たとえば 盲ろう者と 手話通訳者が、ひとつのテーブルを挟んで お互いに向かい合って(至近距離状態になって) 相手の手話を読み取る、また 視野の狭い人には、見えている視野範囲内で 話を読み取れるように 相手の手話表現を 小さくしてもらう方法などがあります。それらを「接近手話」といいます。それらは 主に、少し視力があっても 遠くは見えない、近くは見えている人、また 視野範囲の狭い人の間に使われます。

 

私の場合、弱視ろうであるけれど、視野狭窄(しやきょうさく)が かなり重い(視野範囲が非常に狭い)方で 接近手話は難しく、コミ手段として、触手話を 主に使っています。

数年前、盲ろう者になって 初めて触手話を使ったとき、『眼で見る』手話と違って 両手のみを使っての 読み取り(感じ取り)が 非常に難しかったのです。また指文字の読み取りも難しく、毎日 家族と会話しても 話がなかなか通じず、お互いに イライラすることが多かった、時には 爆発寸前までいったこともありました。最近は 大体読み取りが スムーズになってきて 話が通じるようになってきています。しかし、それでも 様々なろう者、盲ろう者、手話サークルの人、通訳・介助員たち一人ひとりの 手話の表現が 微妙に異なっているため、ある人は読み取れても、この人には なかなか 読み取れなかったりすることがあります。また 地域、ブロックごとに 手話の方言が まちまちで異なっている、さらに 高齢のろう者では 手話の表現が 今のろう者の 手話表現とは 異なっているので、その場合 内容の読み取りが 難しくなって 頭が混乱したりすることもあります。つまり 『眼で見る手話』と 『手で感じる手話』とは、読み取るのに それほど 大きな差があるのです。何故でしょうか?

ろう者たちは 耳が聞こえなくとも 眼が見えるのですから、その場合 相手の 顔の「表情」、「手話」、「口の動き」を 同時に見ることで、相手の話の内容を 瞬時に 読み取ることが出来ます。言わば、ろう者にとって あらゆる物事や 情報を取り入れるのに、『目』こそが 『命』 そのものでもあるのです。ところが 盲ろう者だと 手だけで(眼を瞑る状態で)読み取るわけですから、相手の表情や 口の動きが 見えていません。ですから、相手は どんな気持ちで 自分を見てくれているのか 知ることが難しい、また 相手が伝えている内容と 読み取る側(盲ろう者)が感じている内容が 一致しないことが しばしばあります。

例えば 「何故」という 手話は 「理由」、「そのわけ」、「意味」の 手話の表現と同じ、あるいは 似ています。ですから 「何故」を 表現したつもりであっても、盲ろう者は それが 「何故」の他に 「理由」とか 「そのわけ」とか 「意味」の どれに当てはまるのか 曖昧になり、話がずれてしまう、わかりにくくなる ケースもあります。他にも 似たような手話が 多々あります。その場合は 手話と一緒に 指文字で「な・ぜ」と 表すなど 工夫をする必要があります。

触手話の 読み取りがベテランな 盲ろう者では、話全体の組み合わせを 頭の中でイメージすることで、指文字を使わなくても 内容が読み取れているそうです。私の場合は まだまだ難しいので、何回も聞き直したり、しばしば 指文字を読み取ったりしています。

 

次回は 触手話の使い方と 注意などについて お話します。

(次回に続く)

 

 

『盲ろう者のイロハ』その[8]

●盲ろう者のコミュニケーションについて

ある人が盲ろう者のコミュニケーションの様子を見て、「コミュニケーションのデパート」と言っています。コミュニケーション方法が触手話であったり、指点字であったり、筆談であったり…、いろいろとあります。

盲ろう者のコミ手段について、下記の通りに8通りあります。

 

1.触読(しょくどく)手話(触手話(しょくしゅわ))

2.接近手話

3.点字(ブリスタ=点字タイプライタ)

4.指点字

5.指文字

6.てのひら書き

7.音声(補聴器・人工内耳)

8.筆談(手書き・PC)

 

健常者の人は(一般の皆さんは)見て聞いて口で話します。それで自分の言いたいことや気持ち、感情がすぐ相手に伝わることができますね。ところが盲ろう者の場合だと、眼も耳も両方が不自由ですから、上述のように口と耳でのコミュニケーションが出来ません。このような状態を『コミュニケーション障害』と言います。では、彼ら盲ろう者たちはどのようにコミュニケーションを図っているでしょうか。例をあげて説明したいと思います。

例えば、触手話がわかる人が1対1で、触手話で話し合うことで、互いに言いたいことや気持ちが伝わります。そのような盲ろう者は大勢います。一方、1人は手話(触手話)ができるが、相手は指点字しかできない場合だと、当然お話しするのが難しくなります。そのようにコミュニケーション方法によって、相手側に話しかけたい、気持ちを伝えたいけれど、それがかなわないことも少なからずあります。

「この人は触手話が出来るから話すことができる。」と相手を選んで コミュニケーションをするというような状態も多くありますが、コミュニケーション手段が異なっていても、盲ろう者同士で通じあえる方法もあります。コミ手段が異なっていても、盲ろう者は大体、手のひらに文字を書くことでわかりあえる方法です。例えば初めて会った人で、その人は手話もわからない、指点字もわからない、点字を打つのも読みとるのも難しい、そのような時には、相手の手のひらにゆっくりと、「か・わ・し・ま・で・す」とカタカナでもひらがなでも書くことによって、相手は「ああ、川島さんか」とわかってもらえる、初めて気持ちが通じてうれしくなるわけです。

また、もうひとつの手段は、(A盲ろう者)⇔(A通訳者)⇔(B通訳者)⇔(B盲ろう者)という風に盲ろう者に付いている通訳・介助員を通して、盲ろう者同士が会話をやり取りする方法もあります。例えば、A盲ろう者から『手話』で話しかけます。それをA通訳者が読み取って、日本語に変換してそれを口述でB通訳者に伝えます。そしてさらにB通訳者がブリスタ(点字タイプライタ)などで日本語を点字に変換して、それをB盲ろう者に内容を伝えます。逆の場合でも同様の伝達手段で行われるわけです。

そのようにコミュニケーション手段がいろいろとあって、盲ろう者同士お互いに話しかける、少しでも気持ちを伝えようという姿勢が大切だと思います。

もし、自分の友人の中に、あるいは身近なところに盲ろう者がいたら、ろう者でも健常者でも皆さんは決して遠慮しないで、どんどん話しかけてみてください。初めはなかなか通じにくい、意志の疎通に失敗があっても当然です。しかし、失敗を恐れないで何度も何度も盲ろう者に接してコミュニケーションを試みていく姿勢が大切です。コミュニケーション技術が上手い下手は関係なく、「この人に伝えたい!」、また「この人の言っていることを知りたい!」という気持ちが一番大切です。その気持ちで何度もコミュニケーションを続けることによって、自分のコミュニケーションの腕が上達できるようになります。

皆さん、是非やってみてください。よろしくお願いします。

次回から8通りのコミュニケーション方法について順序にお話していきます。

(次回に続く)

 

 

『盲ろう者のイロハ』その[7]

●盲ろう者通訳・介助員について

盲ろう者通訳・介助員(以下、通訳・介助員に略)とは、盲ろう者たちが周りの人とお話したり相手の話を聞いたりするときに、その盲ろう者に適したコミュニケーション手段で通訳したり、外出時に盲ろう者の行きたい目的地まで一緒に移動介助したりするなど、盲ろう者たちの日常生活(コミュニケーションや外出など)を支援・サポートする人のことを言います。

では通訳・介助員は盲ろう者の日常生活をどのように支援・サポートしているのでしょうか?ひとつの例をあげて具体的にお話したいと思います。

例えば、ある盲ろう者があの講演を聞きに行きたいと思って、前もって盲ろう者通訳・介助員派遣事務所に連絡して、通訳と移動介助の派遣を依頼します。その盲ろう者は弱視で耳は全く聞こえまず、彼のコミュニケーション手段は触手話です。そこで、通訳・介助員派遣事務所はその盲ろう者に合わせてコミュニケーションする、講演の内容を伝えられるように、触手話が出来る人を派遣します。そして当日に盲ろう者と待ち合わせして会場に着くまでの間、状況説明をしながら移動介助します。例えば「電車が来ました。これから乗ります」とか「もうすぐ○○駅に着きます」など触手話で状況を説明します。そして会場で講演会が開かれるときに話の内容を出来る限りそのまま盲ろう者に伝えられるように通訳します。それが終わったら、また盲ろう者を元の待ち合わせ場所まで一緒に移動介助します。この場合、待ち合わせ場所から講演会場までの移動介助をするのに通訳・介助員はたいてい1人で十分ですが、講演会で通訳するのに1人だけでは大変です。その場合は、2〜3人の通訳・介助員が必要で、講演のときに2〜3人は交代しながら通訳します。ですから、待ち合わせ場所には1人の通訳・介助員が赴き、残りの1〜2人は講演会会場の受付前で待機するわけです。

上は触手話というコミュニケーションを主に使う盲ろう者の例について説明しましたが、他に筆談、点字、指点字、音声などいろいろなコミュニケーション方法があります。(さまざまなコミュニケーション方法の詳細については、次回から順序に説明します。)

通訳・介助員が周りの状況説明の他に講演や懇話会などの話を通訳・説明するなど見えているもの、聞こえているもののあらゆる情報を出来る限り、盲ろう者たちに提供するのに細心の注意、コミュニケーション技術の鍛錬などが必要です。移動介助の場合も同様です。例えば、電車やバスの乗り降り時に段差や隙間などに注意しなければなりません。電車の扉が開いて乗り降りするときに扉とホームの間の隙間に誤って落ちたりしないように、通訳・介助員はその位置やタイミングを合図またはサインで盲ろう者に伝えなければなりません。それはバスやエスカレータ、エレベータなど乗り降りするときも同様に必ず盲ろう者に伝える必要があります。

他にレストランに入って食事するときも、例えばメニューの内容を伝える、また食事や飲み物が盲ろう者の前に置くとき、ご飯はどの位置にあって、味噌汁はどの位置にあるかなど、食事する前に通訳・介助員が教える必要もあります。

しかし、盲ろう者一人ひとりの見え方・聞こえ方がまちまちあるので、通訳や移動介助などの時にどのようにして欲しいのか盲ろう者一人ひとりの要望がまちまちなので、通訳・介助員は一人一人に合った対応をする必要があります。例えば階段を昇り降りするときに、ある盲ろう者は1段ごとに昇り降りするときに通訳・介助員に手をギュッ、ギュッ、…と軽く握ってもらうとか、ある盲ろう者は階段の手すりに触らせてもらって手すり伝いに自分で昇り降りするなどいろいろとあります。

通訳・介助員は誰でも盲ろう者に対してベテランというわけではありません。初めからベテランな通訳・介助員はいないと思います。通訳・介助員たちは盲ろう者たちに通訳・移動介助を多く経験する、また通訳・介助員研修会で盲ろう者のこと、通訳・介助の方法と注意などを学びながら徐々に技術と心構えなどを身につけていくわけです。また盲ろう者当事者による行事や交流会など積極的に参加し、さまざまな盲ろう者と触れ合ってみる、話し合っていくことも、通訳・介助員として技術や心構えを養っていく、また盲ろう者たちとの信頼関係を築く上でも非常に大切なことです。

全国各地に盲ろう者通訳・介助員の派遣事業を実施されているところがありますが、まだないところもあります。それについては、また後ほど詳しくお話しておきたいと思います。

では次回からはいろいろなコミュニケーション手段について、ひとつひとつお話しすることにしましょう。

(次回に続く)

 

 

『盲ろう者のイロハ』その[6]

●見え方・聞こえ方について

今まで盲ろう者についてのドキュメンタリー番組などを見たことのある人は多くいらっしゃることと思います。しかし、たいていの人は『盲ろう者』と聞いても「耳は全く聞こえない、眼も全く見えない人のことである」と見受けられがちになっているのではないでしょうか。盲人(耳は聞こえている)に対しても「この人たちは全く見えていない」とイメージしてしまう人も少なくないかもしれないと思います。

しかし、最初に「イロハ その1」にも少し触れたように、盲ろう者全ては見え方・聞こえ方が同一であるのではなく、人の性格や趣味がそれぞれ違うように、盲ろう者も一人ひとりが見え方・聞こえ方がピンからキリまであるくらいにまちまちなのです。

だからといって、見え方・聞こえ方の違いについて、分別に説明するのは困難なのです。

それについては今まで私が出会ってきた様々な盲ろう者たちの例を簡単に紹介してみたいと思います。

 

(様々な盲ろう者のケース)

☆K氏

タイプ…弱視・ろう コミュニケーション手段…触手話

重度の弱視で視野範囲も非常に狭く、周りがよく分からない、人の顔がほとんど見えない。また絵、写真やテレビがよく分からない。字は読める程度。

昼間でも夜でも信号色の区別は出来る。

耳は全く聞こえず、言葉を全く聞き取れない。

 

☆T氏

タイプ…弱視・ろう コミュニケーション手段…触手話

まだある程度見えている。テレビのドラマなど画面が見えている。人の顔、服装などがわかる。色の区別が出来る。

また道を覚えさえすれば自分ひとりで歩けることもある。

耳は全く聞こえない。

 

☆S氏

タイプ…弱視難聴 コミュニケーション手段…接近手話

まだ周りがなんとか見えている。遠くはあまり見えない。自分ひとりで通勤が出来る。テレビや、写真、絵はまだ何とか見える。人の顔も見えている、手話も近くであればだいたい見える。耳の方は声を大きめに話しかけても、周りの状況によって(音楽、騒音など)分からないことがしばしばある。

 

☆I氏

タイプ…弱視難聴 コミュニケーション手段…音声

まだ周りや人の顔がなんとか見えている。自分ひとりで通勤ができる。

ある程度大き目の声で話せばだいたい通じる。自分で発音して言葉を話せる。

 

☆A氏

タイプ…全盲・ろう コミュニケーション手段…点字(ブリスタによる)

全く見えない、聞こえない。もともと盲ベースで耳が聞こえていたことがあるので、自ら言葉を発音・発声出来る。話を聞くときは、相手にブリスタ(点字タイプライタ)を打ってもらって、点字を読み取っている。

 

そのように人一人ひとりの見え方、聞こえ方がまちまちあります。例えば、私と同じ弱視の人がいても、信号色の区別が分かるあるいは分からない、テレビの画面などがわかるあるいはわからない、文字を読み取るのに拡大読書器を使うあるいは使わなくても読める人もいたりします。また料理がなんとか出来る人もいれば出来ない人もいます。聞こえ方についても、例えば同じ難聴の人がいてもこの人はある程度言葉を聞き取れるが、あの人には全然聞き取れなかったりします。しかし、皆さん健常者の中で、耳の遠くなった年寄りに大きな声で話しかけるのと同じように、盲ろう者の耳側に近づけて大きく声をかけてさえすれば聞こえるだろうと誤解している人が多くいます。事実、そうやって話しかけて盲ろう者たちは分からないのです。それは聾者に対しても同様です。

そのように盲ろう者は千差万別であって、決して一つに括(くく)れるものではありません。ですから、例えば皆さんが1人の盲ろう者を見たり話したりすることがあっても、「ああ、これが盲ろう者なのか。他の盲ろう者みんなもこうなんだな」と思ったり、そのような先入観を持ったりしないでください。盲ろう者が100人いれば、それぞれ見え方聞こえ方やコミュニケーションが100通りあると思ってください。盲ろう者とは一般の皆さんが思っているよりも、非常に多種多様であって複雑なものなのです。私も盲ろう者のことを語ろうと思っても、どこからどこまで話したらいいか、まるで想像がつきません。またこのHPのイロハシリーズを読んだだけでも、盲ろう者の全てを理解することは難しいのではないかと思います。

ですから、もし皆さんが盲ろう者の世界を少しでも知りたい、理解したいと思うならば、実際に様々な盲ろう者と少しでも多く触れ合ってみることが一番の近道だと思います。

 

次回は「盲ろう者向け通訳・介助員」についてお話します。

(次回に続く)

 

 

『盲ろう者のイロハ』その[5]

4.『先天性盲ろう児・者/盲ろう児について』

生まれつきあるいはごく初期に、何らかの原因不明で耳も眼も視聴覚重複障害を受けた子供たちで、中に知的障害や肢体障害などを併せ持つ子も多くいます。

前に、全国各地の盲ろう者数は13,000人と推計されていると話しましたが、聾学校、盲学校、養護学校などに入っている盲ろう児の数はわずか350人程度(実数ははっきりしていない)で、非常に数が少ないです。また子供たち一人ひとりが、私たち人間の個性や趣味などがまちまちであるのと同じように、多種多様であって1つの団体として、くくれるものではありません。全国各地に散らばっている盲ろう児の数が少ない、一人ひとりが障害程度や性格などがまちまちで、そういった子供たちに対してどのような教育をしたらいいかひとつにまとめることは非常に難しいというのが現状です。

現在私が入会している地元の盲ろう者団体の中に、盲ろう児たちの集まりの部があります。私は前に一度、その盲ろう児に話しかけてみたことがありましたが、やはり通じるのは難しかった。当時、11〜12歳ぐらいのかわいい女の子で、試しにそっとその子の両手に触れたら、彼女はビクッと驚いて手を引っ込めてしまったのです。しかし私は私なりに両手を取って出来るだけ簡単な身振りで「僕も眼も見えない、耳も聞こえない。君と同じ。頑張って!」と励ましの言葉で伝えたのですが、彼女はそれをどう感じ取ってくれたかわかりません。盲ろう児たちはほとんど言葉というものを知りません。ですから言葉をすでに習得している、私たち盲ろう者も健常者も、盲ろう児と気持ちを伝え合う、共に同じ時間と空間を共感することは本当に難しいものです。それでも、私たちは盲ろう児と接し、共に行動しながら、いかに同じ時間と空間を共感できるようにしていったら良いか、少しでも近づけるように一歩一歩努力する姿勢が大切だと思います。

その部は盲ろう児を持つ親たちが中心に企画・運営しています。盲ろう児たちに様々な経験をさせることで楽しんでもらえるように、例えば海遊び、梨狩り、雪遊び、サツマイモ掘りなど親たちが中心になって企画・実行しています。

 

では次回はさまざまな「見え方・聞こえ方」について触れてみたいと思います。

(次回に続く)

 

 

『盲ろう者のイロハ』その[4]

3.『元々健常者で、途中で眼も耳も視聴覚重複障害になった人について』

それについて、実は私自身もよくわかっていないのですが、というかこのタイプのパターンはとても幅広いと思われるので、私にもなかなか説明することは難しいと思います。今回はいくつかの例を挙げて説明したいと思います。

 

1.Y県在住のN女史について

この話は盲ろう者専用雑誌に掲載・紹介されていたものです。それによると、昭和27年頃彼女は当時22歳、健常者でごく普通の女性であった。その頃結婚も決まり、後は式を待つばかりという最中で、突然全盲ろうの盲ろう者になってしまう。結婚は破棄され、ショックのあまりに何度も自殺を試みたほど。ようやく精神的に立ち直り、これからの生活に必要な収入を得る手段として、マッサージの技術を会得するために盲学校入学を希望したが、当時は「耳が聞こえないから」との理由でどの盲学校にもけんもほろろに断わられてしまう。おまけに東京にあるヘレンケラー学院の入学さえも拒否されてしまったことは、まことに悲しい事実であった…その後も彼女は長く辛い苦闘の日々が云々と綴られています。

現在、彼女はコミュニケーション手段として、点字を習得。点字の本で読書を楽しんだり、他の友人と点字の手紙でやり取りしたりするなど彼女なりにまわりの人と“点字”の手段によってコミュニケーションを図っています。

また数年前に地元にも「盲ろう者友の会」が設立され、他の様々な盲ろう者たちや支援の人たちとの交流を楽しんでいるようです。

 

2.K県在住のH氏について

彼は元々金融関係の会社に勤めていたが、途中で眼と耳が不自由になってしまった後に退職。その後転職を試みたが、いずれの会社でもけんもほろろに門前払い。一度、元会社の仲間から飲み会に誘われたが、その席についても彼に話しかける者がなく(だったらしいが)、彼はさびしい思いをしたそうです。(でも逆に健常者の立場から考えると、彼らにとって盲ろう者は初めてであって、どのように接したらいいのかわからず、遠慮していたのであって決して無視したり冷たくしたりしていたわけではなかったと思います)

彼は現在、地元の盲ろう者団体主催の交流会に参加しています。彼は弱視ろうのタイプで、自ら話すことは出来るが、触手話や点字も出来ないので、常に筆談(メモ帳サイズの紙に太いサインペンあるいはマジックで書くことで用件や内容を伝える手段)を介して、コミュニケーションを図っています。

 

3.高齢者になって、失明・失聴した人について

高齢になると耳が遠くなるという話はよく聞きますが、他に白内障とか緑内障で眼が徐々に見えなくなることもあります。盲ろう者になっても、高齢であるゆえに、手話や点字を学んだり覚えることが難しく、この場合は筆談か手のひら書きでコミュニケーションしているケースが多いと思われます。また老人痴呆症とか指が神経マヒに侵されていて指が震えたりするなどが原因で通訳者・支援者とのコミュニケーションがなかなか上手くいかない場合もあります。例えば、ある70代でまだ元気な盲ろう女性で、手のひら書きでのコミュニケーションができていても、少しボケがあるせいか話がずれている、いつも同じお話を繰り返してばかりして、ちっとも話が進まなかったりすることもあります。

そのような理由から、成人盲ろう者の中で、高齢になるにつれて盲ろう者になった人たちとのコミュニケーションが一番難しいのではないかと思います。

 

そのような例について、他にもいろいろとあります。何故それほどパターンがたくさんあるのかと言うと、視聴覚重複障害に見舞われる時期、家族や周りの人々の支援やコミュニケーション、地元の盲ろう者団体の存在の有無、地域の福祉サービス、人間関係など、盲ろう者一人ひとりを取り巻く環境が異なっているために、それらによって盲ろう者一人ひとりの意志や思いも異なってくる、またさまざまなコミュニケーション手段の中から自分に適した手段の選択もまちまちになってくるからです。それはろうベースも盲ベースの人でも同じことが言えます。

そういう意味で、盲ろう者の世界とは、ろう者や難聴者の世界よりも多種多様でもっと複雑なものであることを、少なくともお分かりいただけると思います。

 

次回は先天性盲ろう者すなわち盲ろう児についてお話します。

(次回に続く)

 

 

『盲ろう者のイロハ』その[3]

2.『盲ベース』

「盲ベース」とは、文字通り「ろうベース」と正反対で、生まれつきあるいは幼少の時期において病気あるいは高熱などが原因で視覚障害になって、さらに成長の途中で、または高齢期になって耳も聞こえなくなった人のことを言います。その場合のほとんどは、盲学校に通って点字を学んで身につける人が多いので、盲ろう者になった後のコミュニケーション手段として、ブリスタ(点字タイプライターで6つのキーを叩くことによって、機械の横側から幅13mm程度の点字テープが出てくる仕掛けで、盲ベースの人たちはそれを指で読み取っていきます)を購入して使用する、指点字を学ぶ、聴力が少し残っていて音声を使うことで、コミュニケーションを図っています。また、盲ベースの人たちは、もともと健聴であったのでろうベースの人と比較して日本語をすでに習得しているため、日本語をベースにコミュニケーションをしています。また、盲学校などで手話を勉強する必要がなかったために、盲ろう者になっても手話が出来ない盲ベースの人が多くいます。例えば、東京大学の助教授を勤めている盲ろう者の福島智さんも盲ベースの人で、日夜「指点字」をコミュニケーション手段として使われていますが、手話の表現と読み取りはあまり出来ないようです。(自己紹介程度はできるようです)

ろうベースでろう者のほとんどが、手話コミュニケーションを通じて、すでに「ろう文化」の恩恵を受けている、また「日本手話」は「日本語」は言語が根本的に異なっているため、ろう者ろうベースと盲ベースの間では考え方に文化的な違いがあるようです。同じ盲ろう者であっても、タイプもコミュニケーション手段も異なっているため、お互いにいつでも話し合える・交流出来る・ともに行動することが少なく、互いに楽しみや喜びなどを共感しあえるということは、現実的に難しいように思われます。

しかし、2つのタイプ同士が行動、交流を別々にしているとは限りません。例えば、私の知り合いで、盲ベースで弱視ろうの人がいらっしゃいます。彼は弱視で近くにしか見えていないが、手話を懸命に学んだおかげで、現在彼は手話が上手で接近手話と触手話も出来ます。私のようなろう者ろうベースの人とよく相談したりおしゃべりしたりして交流を楽しんでいます。そのような盲ベースの人が全国各地にどのくらい存在しているのかは不明ですが、おそらく多くいるのではないかと思われます。

では、次回はもともと健常者で中途で盲ろう者になった人についてお話します。

(次回に続く)

 

 

]『盲ろう者のイロハ』その[2]

1.『ろうベース』

「ろうベース」とは、生まれつきで耳が聞こえない、あるいは幼児期において高熱や何らかの病気や高熱によって耳が聞こえなくなった後、成長の途中で、または高齢になって眼が徐々にあるいは突発的に見えなくなった人のことを言います。

視聴覚重複障害者の呼び方について、例えばあの人は「ろう」が先で「視覚障害」が後に起こったという形だから、「ろう盲者」だとか、この人は「盲」が先だから「盲ろう者」だと呼んだりした、そのように一部の人の間で区別をして呼んでいたようですが,今はその区別にこだわらなくなっているようです。今は、それらの視聴覚重複障害者を総称して「盲ろう者」と呼んでいるのが一般的です。また、英語では盲ろう者のことを“deaf-blind”(デフブラインド)と呼びます。

ろう者の場合、通学時代に聾学校に通ったり、またはろう学校から高校や大学などに入ったりして、その間またはその前後に手話を習得する、身につける人が多くいます。また、私の知っている限り、元々ろう者だった人が「網膜色素変性症(=アッシャー症候群)」という病気で失明するパターンの人が多くいます。幼少のときからすでにその病気にかかっていても、例えば昼間や明るいところは周りが見えていても、夜とか暗いところは良く見えていないために、何かにぶつかったりつまずいたりなど、様々な不便を体験したろう者も多くいたようです。それでも初期状態の時期では眼がまだ何とか見えていたということもあって、彼らのコミュニケーション手段として、手話を習得することが出来たと思われます。

ですから、途中から(眼が見えなくなる時期は大抵20代〜老齢期までまちまちあるが)見えなくなったとき、ろうベースの人たちはコミュニケーション手段として、手話を基にして主に触手話(触読手話)または接近手話を使うのがほとんどのようです。

次回は「盲ベース」についてお話します。

(次回に続く)

 

 

『盲ろう者のイロハ』その[1]

私は盲ろう者になってから、まだ4〜5年程度しか眼と耳の両方が不自由な世界を経験していません。いわゆる『プロの盲ろう者』とは程遠いですが、私が今まで経験したこと、見聞きしたことなどを基に盲ろう者に関する知識や世界のことを出来る限り、順序に伝えていきたいと思います。

盲ろう者とは、日常生活に不便を感じる人がたくさんいます。われわれが実際に盲ろう者とはどういうことか?という場合、目と耳、1人の人間で両方に障害を持っている人のことを言います。そのどちらもが身体障害者手帳6級以上の人たちを盲ろう者と言われています。また視聴覚重複障害者、一部にはろう重複障害者とも言われています。盲ろう者といっても全員同じ障害とハンデを有していて一様にあるように一般の人たちに見受けられがちですが、実際は1人ひとり異なっています。

1人ひとりがまちまちで、大まかに分けると下のようになります。

●盲ろう者のタイプ

1.ろうベース…先天性(生まれつき)聴覚障害で、成長の途中で失明した人

2.盲ベース…先天性視覚障害で、途中で耳が聞こえなくなった人

3.健常者で、初めは眼が見える、耳が聞こえていたが、途中で突発的にあるいは徐々に失明・失聴した人

4.先天性聴覚障害+先天性視覚障害を併せ持つ人(盲ろう児とも言う)

☆見え方・聴こえ方

1.全盲・ろう…眼が全く見えない、耳も全く聞こえないこと。

2.全盲・難聴…眼は全く見えないが、聴力がまだ少し残っていること。

3.弱視・ろう…耳は全く聞こえないが、視力がまだ少し残っていること。

4.弱視・難聴…視力も聴力もまだ少し見えている、聞こえていること。

ちなみに私はろうベースで弱視ろうに該当しています。

厚生労働省の調査(平成14年10月発表)によれば、全国各地に存在している盲ろう者数は推計13,000人といわれていますが、実数については把握されていません。おそらく2万人ぐらいはいるのではないかと考えている人もいます。しかし、その盲ろう者1人ひとりが毎日どのような生活や暮らしをしているのか、就労その他の実態さえも把握されていないのが現状です。一般の人たちのように社会参加が出来ないまま、家に引きこもりがちになっている盲ろう者もまだまだ多くいることが予想されます。

盲ろう者は耳も聞こえない、眼が見えないわけですから、身の周りの情報が入りづらい、さまざまな物事が分からない、また一般の人たちが日常使われている(口と耳による)コミュニケーションが難しいのです。また自分1人で外出も自由にままなりません。では彼らはどのような方法で、周りの情報を仕入れたり、コミュニケーションをとったりしているのでしょうか?

そこで、皆さんに盲ろう者の世界をより理解していただくために、まず盲ろう者の種類・タイプ、コミュニケーションの方法、そして盲ろう者の日常生活におけるさまざまな不便、その他について順序にお話していきたいと思います。

(次回に続く)