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コミュニケーションは “清流のように”(2)
(1)を先にお読みください。
自然の理(ことわり)を考えてみれば 『水は常に流れることを望み、また 流れたがっている』のです。人間の体も 70%が水で 出来ていますから、実は 人間も『水そのもの』であると 考えることが出来ます。ですから、人間とは あらゆる面において 水のように 限りなく「変化し続ける」、「循環し続ける」存在であるわけです。
これは決して 私の想像ではなく、宇宙の法則であり、真実であると思います。自らが 障害者であることを 受け入れようとしない人でさえも、実は 心奥深く(潜在意識)では 常に循環する(流れる)ことを 望んでいるのです。つまり魂は コミュニケーションすることを 望んでいるのです。
しかし、当の本人の 心(表面意識)では 「孤独」という名の 氷の中に閉じこもっていて なかなか 外に出ようとしません。そのために 潜在意識のなかの “真に望んでいること”と “心”の表面意識の “現実を素直に受け入れたくない!”という 想いとが いくたびも “衝突”が起こり、それが 心の痛みにつながり、病気のもとになるのです。
わかりやすくいうと、「自分自身に素直になる」ことの できない人は、結果的に 「自分が自分を苦しめる」ことに なるのです。
私も 例外ではありませんでした。数年前、眼も見えなくなって 盲ろう者になってしまったときに、私は その“現実”を 素直に受け入れられず、激しく抵抗しました。その抵抗は “不安”と“恐怖”を呼び、それが心の痛みとなって 結果的に 重い病気になってしまったのです。
その時に 私の中の“水”は 完全に 1つのところにとどまり、元気も なくなってしまったのだと思います。いわば 私の中の 水が流れなくなってしまったのです。
しかし 妻を含めて 周りの人が いつも支えてくれた、自分と同じ仲間の 盲ろう者たちや 通訳・介助員たちとの出会い、そして何よりも “触手話”で 再びコミュニケーションを 取り戻したことによって、 “恐怖”と“不安”から 少しずつ解き放たれ、私の中の“水”も 再び流れ始め、元気(活性化エネルギー)を取り戻していったのです。
そのような経緯から、私は初めて “コミュニケーション”とは 周りの人と 生きていく上で 絶対になくてはならないものだと いうことをあらためて 実感したのです。
おそらく “コミュニケーションが出来ることの 素晴らしさと大切さ”を 強く実感しているのは、聴覚障害者と 盲ろう者のほかに いないのではないかと思います。
健聴者(耳が聞こえている人)は、いつでもどこでも 聞こえていますし、日常的に会話したり、テレビ、電話、ラジオなどで さまざまな情報を 制限なく 自由に取り入れるように出来ていますから、健聴者にとっては “当たり前”のような暮らしをされています。そのために 健聴者は 実は コミュニケーションが出来ることの 素晴らしさと大切さに “気づいていない”人が 案外 大勢いるのではないかと思います。
かく言う私自身も、眼が見えなくなるまで “眼が見えていることの大切さ”に 気づいていなかったからです。コミュニケーションとは 皆さん一人ひとりが “流れる清らかな水のように” 明るく楽しく 生きていくための “命”そのものでもあるのです。
ですから、人は皆 コミュニケーションが出来ることのありがたさに あらためて見直してみることが、この現代において 非常に大切なのではないかと 思います。
そして 自分も 皆さんも 自分が障害者であろうと なかろうと、常に ポジティブな気持ちで毎日 周りの人と積極的に コミュニケーションを 心がけていってほしいと 願っています。
皆さんは コミュニケーションが出来ることの 「ありがたさと大切さ」に 気づいていませんか?
もし この日記を読んで気づかれたなら、是非コミュニケーションの ありがたさと大切さを 自分なりに考えてみてください。
いつもありがとうございます。
(2008年6月18日)
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コミュニケーションは “清流のように”(1)
(日記より抜粋、改訂)
私は 日常的なコミュニケーション手段として、主に 触手話を使います。携帯や パソコンでの メールやり取りも 楽しみの一つです。
私の日常的な 会話といえば、妻との会話、盲ろう者団体の行事などで さまざまな盲ろう者や 通訳・介助員など、他に 友達との会話など いろいろとあります。
私は盲ろう者ゆえに 健常者のように 口と耳によるコミュニケーションは 非常に難しいですから、妻を含めて 仲間たちは たいてい 私に合わせて 触手話で話しかけてくれています。
また 私が まだ晴眼(眼が見えていること)であった頃は 聴覚障害者で 耳は全く聞こえていませんでしたから、当時のコミュニケーション手段として 手話と 筆談を使っていました。
ところで 皆さんにとって コミュニケーションとは どういうことでしょうか? それは 常に 水が循環(流れている)するのと似ています。
雨、雲、川、海、湖などの水が 滞りなく 常に流れていれば、水はずっと きれいでいられるのです。逆に ダムや 水堰を築くと 水の循環が止まります。その結果、水自体が臭くなる、汚れていく、水の中の活性化エネルギーも徐々に失われていき、魚も 生き物も住めなくなります。長崎県の諫早湾(いさはやわん)や 岐阜県の長良川(ながらがわ)も その例で、シジミや魚などが 獲れなくなってきています。
ダムや堰(せき)を築いて 水をせき止めることは、人間の体で言えば 血管を縛って 体内を流れる血液を 止めるようなもので、それが病気や死を招く結果につながります。雨も 雲も 川も 海も 湖も 流れる水全ては 地球全体を流れる血液のようなものです。
ですから 私たちは 何とかして 水そのものを 常に流れる状態に戻そうとしない限り、地球は ますます 病んでいくことにつながるのです。
水は “常に流れることを望んでいる”、“流れたがっている”のです。
コミュニケーションも お互いに 水のように 流れています。もし 周りの人と コミュニケーションをしなければ、それは“孤独”につながり、水同様に 元気がなくなり やがて 徐々に 自分自身が汚れていって、しまいに 病気になりやすくなってしまうのです。
その意味で 聴覚障害者と 盲ろう者が あらゆる障害者の中で 一番重い 障害者なのです。“コミュニケーション障害”と言って、職場や家庭など 周りの人との 意思疎通が叶わないために、周りから孤立され、殻に閉じこもりがちになります。
聴覚障害者も 盲ろう者も 手話、筆談、触手話、点字など 自分に適したコミュニケーション方法で介さない限り、いつまでたっても 孤独のままであり、徐々に 元気(活性化エネルギー)をなくしてしまいます。
ですから 聴覚障害者や 盲ろう者が 「清い水が常に 流れている」のと 同じように、周りの人と コミュニケーションをしながら、自分の 心も体も 元気でいられるようにするためにも、手話通訳者や 通訳・介助員などのように “コミュニケーションをスムーズに 行なうための媒体(ばいたい)”は どうしても なくてはならないものです。
しかし、自分が 『障害者であることを 受け入れよう!』としないで、絶対に 手話とか 点字などを学ぼうとしない、手話通訳者も 通訳・介助員も 必要と考えない人が 大勢います。
そのような人は たいてい 一人ぼっちであったり、家の中に引きこもりになりがちです。『障害者として受け入れよう!』としない人を、私は『流れようとしない水』そのものであると 見ています。
(次回に続く)
自己変革(4)
(1)(2)(3)を先にお読みください。
この乱れに乱れた 社会の姿を見て、人は誰でも うんざりしたくなります。そして誰でも 「平和に満ちた、暮らしやすい世の中がほしい」と、望んでいます。
では私たちは どうしたら良いのでしょうか?
それにはまず、私たち人間は 「自分を変える」ことから 始めなければなりません。いわば 「自己変革」こそが、未来の社会を 創って(つくって)いくための、重要な“キーポイント”であると、私は考えています。
21世紀の今、『他力本願』(たりきほんがん)は もう意味がありません。これからは 「自分の可能性を信じ、考え、行動する」という 『自力本願』(じりきほんがん)の時代なのです。また「他人に期待する」ことよりも、「自分に期待する」ことのほうが ずっと大切なのです。
盲ろう者も、聴覚障害者も 例外ではありません。もちろん 支援・サポートしている人たちにも 同じことが言えると 思います。
大事なことは、自分や 周りが どのような状況であろうと、「このやり方が正しい」と 自分なりに感じたことを 素直に従い、考え、そして実行することです。
以前から 聴覚障害者の間で 「無理」、 「仕方がない」、 「あきらめる」の ネガティブ(消極的)な言葉を よく聞きますが、それはもう 頭の中から 捨て去るべきなのです。
これからの社会は、「自力本願」の時代です。いきなり「自分を変える」ことは出来ません。でも 「自分が変わりたい」という 気持ちで望んでいるのであれば、自分の出来ることを 毎日努めていけばいいと思います。そうすることで いつか必ず 知らず知らずのうちに 変わっていきます。
つまり 日頃の行いと 努力によって、自分も 未来も 変わることができるのです。また “プラス思考”も 常に心がけることも 大切ですね。「自分だってやれば、必ず出来る!」という 気持ちも大切です。
そのような人々が どんどん増えていけば、今までのような “負”(マイナス)の感情だらけの 社会は徐々に 消えていき、さまざまな問題も解消されます。誰もが積極的(ポジティブ)で、心豊かな社会に 移行していくことが 出来るようになります。それ以外に “人類の新しい時代”を 創る(つくる)方法がないのです。
まず「自分は どんなことが出来るのか?何をしたいのか?」を考えてみましょう。それが例え、大きなことでも 小さなことでも 別にこだわらなくても良いのです。能力の大きさも 関係ありません。ただ「自分はやれる!」という 気持ちを持って、感じるままに 考え、行動すれば良いと思います。
大事なことは、今までのような“ネガティブ”(消極的)な考えと気持ちを 全部捨て去って、“ポジティブ”(積極的)な気持ちに 切り換え、常に“プラス思考”で 前向きに生きていくことです。それは誰でも 必ず出来ます!
さあ!自分を信じ、自分を愛し、自分の中の可能性を引き出し、自分の“あるがままの”姿と 生き甲斐を 見出し、そして皆さんと共に 少しずつ少しずつ 世の中を良い方向へ 変えていきましょう!
私たち人類の未来は
限りなく幸いであらんことを・・・・・
いつもありがとうございます。
(2008年5月26日)
自己変革(3)
私は今まで 周りのいろいろな 人間たちを見て、大部分の人は 他人の力に頼りがちになって いるように感じています。
もしかして、ずっと遠い昔から 人々は「自分」というものを 信じることができないまま、ただ自分よりも 力のある人を頼りにしながら 細々と 生きてきたのではないかと思うのです。
仮にそうだとすれば、何故人間は今まで そのような生き方をしなければならなかったのか、その原因について 私は今でも 考え続けています。もし本当の 原因を知ることが出来たら、この「真理の探究」ページに 書いてみたいと思っています。
私は徐々に感じていることなのですが、大部分の人間が いつまでも「他人の力にすがってばかりしている」、簡単に言えば「他力本願」のままで続けていると、将来の社会は 危ういものに なってしまうのではないか?という 危惧感を抱いています。
何故そんなことを言うのかと言うと、毎日のメディアで 報じられているように、日本を含めて 世界の至るところで、戦争、殺人、病気の蔓延、貧富の差の拡大、大災害など、さまざまな問題が起きています。
現代の人間の精神面を考えてみるだけでも、大部分が いまだ“負”(マイナス)の 感情が多い状態です。私の勘ですが、現代はいまや 物質的にも 精神的にも 悪い意味で “行き詰まっている” あるいは “飽和状態”に 達していて、いつか泡が パン!と はじけるように、社会秩序が突然 崩壊してしまうのではないか?!と 心配しているのです。
それらの原因をただせば、全ては 私たち人間の 「心」と 「行い」にあると 見ています。人間たちが このままの状態だと、いつか 社会の秩序も保てなくなり、次世代の、そして次々世代の子供たちへの 「バトンタッチ」も 出来なくなってしまいます。このままでは 本当の意味で 「人類滅亡」につながってしまいかねません。
(次回に続く)
自己変革(2)
私の周りには、いつも頑張っている人がいれば、頑張ろうとしない人もいます。残念なことに、頑張ろうとしない人間のほうが 圧倒的に多いのではないか?と 感じています。その人たちは いつも周りの人に頼ってばかりして、自分から何かをしようとかを 考えない、行動しないのが ほとんどのようです。
私は 「もっと いろいろな人と会って、いろいろなことを学んで、もっと 自分に自信を深めていってほしい。いつまでも 自分のことを 『バカ』とか、 『自分は無理!』とか、 『耳が聞こえないから仕方がない』とか言って、 あきらめるようなことは やめてほしい!」と思い続けています。
私は過去に 活動に携わっていましたが、周りに積極的に頑張って 手伝ってくれる人が少なかったため、結果的に 自分の仕事の 量も増え、かなり 苦労した経験がありました。
もし、周りの人が 「もっと頑張ろう!」という気持ちで 積極的になってくれさえすれば、自分の仕事も 分担でき、自分の負担も軽くなります。また 「皆で一緒に頑張ろう!」という 気持ちも自然に 湧いてきます。
初め、自信のない人でも ずっと頑張り続けていれば、いつかは必ず 自信を持てるようになります。頭が良い悪いは 全然関係ありません。問題は 「自分はいかに 頑張れるか」という気持ちが あるかどうかだけです。
それが仕事、芸術活動、スポーツ活動、福祉活動など、自分で頑張れる!と思うことがあれば、その通りに頑張っていけば いいと思います。また さまざまな分野において、そこで同じ目的を持った さまざまな人と出会い、話し合い、交流を深めていくことによって、そこから大事なことを いろいろと学び取っていく 気持ちが大切です。そうすることで、自分に自信を 与えてくれることになります。そして 自分が歩むべき 「人生」という名の道も 見えてくるようになります。
「自分を創る(つくる)ということ」とは、そのようなことなのです。
(次回に続く)
自己変革(1)
(日記より抜粋、改訂)
前に 「自立」と「社会参加」の意味について 書いた後、何か書き残したことが あるような気がして、しばらく考えてみました。そして 自分の過去をもう一度 振り返ってみることで、ある事に気づきました。今回は 『自分を変える』 とは何か?を 書いてみたいと思います。
私は昔、生まれつき聴覚障害者で、幼稚部のときから 地元のろう学校に通っていました。小学部低学年の頃まで 学力は 他の学校と比べて 差はなかったのですが、「耳が聞こえない」という ハンディの分、授業時間で 先生の言っていることが よくわからない、内容がなかなか伝わりにくいなどの理由で、中学部、高等部に上がるにつれて、他の普通校との 学力の差は大きくなるばかりでした。
現在では聴覚障害者も 高校、専門学校、大学に入ることが多くなりましたが、昔では聴覚障害者が 高校や大学などに入るのは ごくまれなことだったのです。ろう学校の生徒たちは 高等部を卒業した後、すぐ就職に就くのが ほとんどでした。
私も 他の学校と比べて、学力は劣っていましたが、少なくともろう学校では 成績は良いほうだったと思います。(もともと勉強好きじゃなかったから、毎日一生懸命に 勉強していたわけではなかったのですが…) 中学部に上がって ある日、担任の先生から 「高校に行って 勉強してみる気はないか?」と 進められたのがきっかけで、高校受験の勉強を始めました。最初の高校受験では 落ちてしまいましたが、次の年の高校受験でやっと 志望校に受かることが出来ました。
合格発表の日、志望校の場で 合格を知り、私は喜びに勇んで ろう学校へ そのことを知らせました。先生も 同級生たちも 喜んでくれたことは言うまでもありません。
ところが、そのうちの1人が 「朋ちゃんは頭が良いからね。自分は“バカ”だから!」と言われて、私は内心 ショックを感じました。
その頃の聴覚障害者たちには 「耳が聞こえない」という理由だけで、自分は健常者と比べて 「自分は無理!」と 思い込んでいる人が多かったのです。
また私が 「高校に通っていた」、「大学に通っていた」だけの理由で、いつも周りから 「すごいねー!」、「頭が良いねー」と よく言われます。
「なんでそんなことを 言われなきゃいけないんだ?私は単に頑張っただけなのに。皆も 頑張れば出来ることなのに。頑張れば 手は届くのに。」
言われるたびに、「何故多くの人は そんなに自分のことに 自信を持てないのか?」と 疑問に思いました。
誰が 学歴がどうのこうとか、それは全く 意味がないです。私が高校や、大学へ行ったのは、単に「頭が良かったから」ではなく、ただ「行って いろいろな体験をやってみたい!」と 純粋に思っていただけであり、自分で決めたことなのです。
ですから 誰かに「偉いね!」、「すごいね!」と 言われる筋合いは 全くないのです。逆に 「そう言う皆は 『頑張る』、『自信』というものがないのか!」と 言いたくなる気分でした。
(次回に続く)
「自立」と「社会参加」の意味を考える
(日記より抜粋、改訂)
20数年ほど前から 日本でも 「障害者の権利」が ようやく認められ、その頃から 障害者の「自立」と 「社会参加」の言葉が 多く使われるようになってきていますが、私は前々から それらの言葉の意味を 考え続けています。
私は「自立」と 「社会参加」の言葉を聞いて、最初は 何の疑問も抱かないで、当たり前のように受け入れていました。けれども よく考えてみれば、「自立」と 「社会参加」の目的とは何か?ということを 今まで教わったことがなかった、自分で考えた事がなかったのです。
また国には 「障害者の自立」と 「社会参加」についての 定義が作られているのかどうか、この辺は 私はよく知っていません。
障害者の「自立」と 「社会参加」の意味に対して、1人ひとりの捉え方は 多分まちまちであると思います。例えば、「自分の希望通りに 就職に就ける」、「どこへでも 安全で移動できる」、「レジャーや 旅行など 娯楽を楽しめる」、「スポーツ大会などの 文化活動に参加できる」、「手話通訳など 情報保障を受けられる」、「自分で選べる権利」など、いろいろあります。要するに、【社会的に 弱い立場にいる人間でも、健常者並みに日常生活の水準を上げることで、健常者並みの生活を送れるようにすること。】で あると思います。
その「自立」と 「社会参加」の実現こそが、それぞれの障害者たちが 今までも これからもずっと 取り組んでいる課題といえます。障害の種別によって、取り組んでいる 課題と活動は まちまちですが、共通していることは 「誰でも暮らしやすい環境の場」を 必要としている点だと思います。
私は昔 「聴覚障害者」として、今は「盲ろう者」として、多くの不便を体験しながら 日常生活を営んでいるわけですが、他の、例えば車椅子、肢体障害者、視覚障害者、知的障害者、重複障害者、精神障害者など、さまざまな障害者の全てを 正しく理解出来ているわけではありません。むしろ 障害者の全部を 理解することは とても難しいのです。
確かに 障害者にとって 「自立」と 「社会参加」は必要不可欠であるけれども、では「何のための『自立』と 『社会参加』なのか」を 真剣に考えている人はいるのだろうか?と 私自身も考えてみることがあります。
私個人としての想像ですが、一般の人たちの間で 使われている「自立」と 「社会参加」という 言葉は、障害者、高齢者、心の病気を持つ人たちなどを 対象に使われているような 気がするのです。なんというか、2つの言葉によって、健常者のような「社会的強者」と、障害者のような「社会的弱者」を 区別しているのではないか?と 感じてしまったりするのですが…。私としては、「社会的強者」とか 「社会的弱者」という 言葉の表現は 変だと思いますし、あまり好ましくないと感じています。
…まあ考え過ぎかどうかは ともかくとして、障害者も「自立」と 「社会参加」する 権利を持つのは 当然ですが、健常者も 「自立」と 「社会参加」の権利はあるわけですから、障害者も 健常者も共に 「自立」と「社会参加」の意味を 考えていくことが とても重要なんじゃないかと思うのです。
ですから「自立」と 「社会参加」という言葉は、障害者、高齢者のような「社会的弱者」のみに 向けられる言葉ではなく、本来は 人間1人ひとりに 向けられるべき言葉だと考えるべきだと思うのです。
「社会参加」とは、誰もが生き甲斐を持って 喜びと楽しみを 共にして 、暮らしやすくする ことのように 思えるのですが、もうひとつの「社会参加」とは、「障害の有無は関係なく、誰でも 暮らしやすい社会を作るために 貢献・活動する」ことであり、これが人間としての 本来の「役割」であると思っています。
人間は誰でも 生まれながらにして、「より良い社会を作っていく」ための 「役割」と 「権利」を 持っています。何故なら、人は誰でも そのために必要な 「力」と「能力」を 与えられているからです。障害者の有無は 全く関係ありません。もし問題があるとすれば、「どうせ自分は 社会の貢献に役立ってないんだろう? 」という 消極的な(ネガティブな)考え方です。
しかし、みんなの力で 素晴らしい社会を作っていくことが出来れば、初めて 自分の幸せにも つながるのです。たとえ自分の幸せだけを 考えて努力しても、世の中が よくならなければ、本当の意味で 自分の幸せにつながることは出来ません。
自分の幸せを 考えることも大事ですが、“人は皆 つながっているからこそ”、いかに皆と 一緒に幸せに生きるかを考え、努力していくことも 大切であり、決して 忘れてはいけないことだと思っています。
ですから、「自立」と 「社会参加」とは、本当に良い意味の 社会作りのために、障害などの有無は関係なく、誰でも 「より良い社会作り」に 参加し、活動・貢献することにこそ、大きな意味があると思うのです。
そうでなければ、人間は何を目的に 生きている存在であるのか、その意味がわからなくなってしまうのです。障害者も、健常者も、「自立」と「社会参加」の目的と意味を もっと深く 掘り下げてみる必要があるのではないか?と感じているのです。
「自分は無理です」、「誰かに任せる」などという 消極的な(ネガティブな)考え方は きっぱり捨てて、一人ひとりは「今、自分はいったい 何が出来るのか?」を考え、行動に移すことです。それこそが、本当の「自立」であり、「社会参加=より良い社会作りへの 貢献と活動」の力に なることができるのです。
仕事、美術活動、スポーツ活動、福祉活動など、やり方はいろいろありますが、自分の持てる能力を生かして、自分に適した分野で (正しい意味で)活動する、働くことが大切なのではないでしょうか。そうすることで 世の中の皆さんへの 奉仕につながるのです。大切なことは、毎日の生活の中で、それは正しく 行なわれているのかどうかを、よく自分で 日頃の考えと行動を 見つめてみることです。「自己満足のためだけの 活動、仕事などの社会参加」は、何の意味もないからです。
皆さんの考えている「自立」と「社会参加」とは、どのようなものでしょうか?
いつもありがとうございます。
(2008年5月16日)
音楽を奏でる勇気を持ってください(2)
(1)から先にお読みください
(07/7/25の日記より抜粋、改訂)
『残されたもので、どんな音楽を創造できるか。芸術家は 時にこのようなことに 取り組まなければなりません。』
・・・なんと素晴らしい言葉でしょう!
これは 私たち盲ろう者も、他のさまざまな障害を持つ人たちにも 同じことが言えます。いや、一般の健常者たちにも言えることでしょう。何故なら 私が思うに、この世に生きる人は皆 “未来への創造”の活動を目的に生きる、『芸術家』であり、『音楽を奏でる者』たちであるからです。
私のような盲ろう者は、「目が見えない、耳も聞こえない」存在です。そのような人たちに残された、「生きる」ための「楽器」とは何でしょうか?それは『触覚』です。「盲ろう者のイロハ」で詳しく紹介しているように、残された触覚機能を生かして、触手話、指点字、点字、指文字、手のひら書きなどの 盲ろう者独特の『楽器』を創り出し、奏でることによって、『コミュニケーション』という名の 芸術的 かつ 美しいオーケストラの中で、さまざまな音楽を表現したり、聴いたりしているのです。
しかし “自分独特の音楽”を 美しく奏でるようにするためにも、『勇気』がいります。かつて 私が聴覚障害者であった頃、手話を 自分の『楽器』として 奏で続けてきました。しかし、徐々に眼が見えなくなり、盲ろう者になったとき、私は「手話」から「触手話」という楽器に持ち替えたのですが、最初 その楽器を使いこなすことは、決して容易なことではありませんでした。
それでも 「必ず出切る!」ことを信じ、ひたすら 毎日その「触手話」という名前の 楽器を練習することによって、少しずつ少しずつ 使い慣れるようになっていきました。ここまで来るのに、「勇気」と「忍耐」、そして「やれば必ずできる!」という「信念」が 大切であることを知りました。
そのように 人間1人1人が 自分独特の『楽器』で 毎日“音楽”を奏でていることによって、それはあたかも “地球全体のオーケストラ”のように 1つの調和を生み出し、それは未来を創造していくのです。人は誰でも 神から生きるために 不可欠な『楽器』を与えられています。そして その『楽器』を いかに使いこなせるようにするのか、また どのような“調べ”と“旋律”を 創り出していくのか…。それは 他ならぬ“あなた”自身なのです。
もし、先の パールマンさんのお話のように、ある日 または ある時に 突然、自分の『楽器』が使えなくなったとき、あなたはどうするのでしょうか?弦が切れても 調和の取れた“音楽”を奏でる勇気はありますか?
また 使えなくなった『楽器』の代わりに、他の『楽器』を使うことに 勇気はありますか?
私も 皆さんも この世に生きる“芸術家”であり、“音楽を奏でる者”です。ですから、自分の人生の中で どのようなことが起ころうとも、人は誰でも「自分の楽器が 何であろうとも、音楽を奏で続けていこう!」という “勇気”が大切です。これは生きる上で、非常にポジティブなことなのです。そのような人たちが 多ければ多いほど、未来も 美しく変われるのです。
皆さんは この世は 私たち一人ひとりによって 奏でられた“音楽” あるいは “オーケストラ”そのものであるということを 気づいていますか?
もし 気づいているなら、あなたの『楽器』は何でしょうか?
今のあなたが、自分の手にある『楽器』を弾くことで、いったい どのような“調べ”と“旋律”を 奏でているのでしょうか?
自分の 独創的な音楽を創り出し、奏でる 『勇気』はありますか?
『皆と共に生きる』こと、そして 『共に音楽を奏でる』こととは、実は 根源的に同じであることを 気づいていますか?
今まで何度も触れているように、人は皆 さまざまな分野において、“新しい社会の創造”に 貢献出来るように 生まれてきています。自分たちの社会を より良い方向へ導くようにしていくためにも、私たちは自分なりに “独創的で、芸術的で、美しい音楽”を創り出す事が 非常に大切になってきています。障害者とて 決して例外ではないのです。
どうか皆さんも “美しき音楽を奏でる”ことの “勇気を”持ち続けてください。
いつもありがとうございます。
(2008年4月1日)
音楽を奏でる勇気を持ってください(1)
(07/7/25の日記より抜粋、改訂)
先日、私の勤め先の 社内メールで、とても感動的なお話がありました。是非 転載して 皆様にお伝えしたいと思います。
このお話は、私たちのような障害者でも、「芸術的な創造の可能性」と、そのための「勇気」を持つことの大切さを教えてくれています。
<人生の中で 一本か 二本の弦を 失ったことのある私達に 勇気を与えてくれるお話>
「イツァーク・パールマン」
1995年11月18日、バイオリニストのイツァーク・パールマンは ニューヨーク・シティのリンカーンセンター、エブリーフィッシャーホールに コンサートにやってきた。パールマンのコンサートに行ったことがある人なら お分かりだろうが、彼にとっては 舞台に上がること自体 簡単なことではない。
子供のころ 「ポリオ」(急性灰白髄炎(きゅうせいかいはくずいえん))を患い、両足にギプスをはめ 二本の松葉杖を使って 歩かなければならない。彼が舞台上を一歩一歩 苦しげにゆっくりとあるく様子は 畏敬の念を抱かせる。彼は苦しげではあるが、威厳を持って イスまで歩いていく。そして座り、松葉杖を床に置き、脚の留め具をはずし、一方の脚を引き、もう一方を前に伸ばす。かがんで バイオリンを手に取り、あごの下にあてがい、指揮者にうなずき、演奏を始める。
今では観客は この儀式に慣れている。静かに 彼の演奏準備が整うのを、うやうやしく待っている。
しかし この日は、うまくいかなかった。彼が2、3小節演奏したところで、弦が一本切れてしまった。プツッという音がホールに響いた。弦が切れたのは 明らかで、彼がしなければならないことも 明らかだった。
誰もがこう思った。彼は立ち上がり、再び留め具をはめ、松葉杖を拾い上げ、舞台裏へ戻り、別のバイオリンを持ってくるか、新しい弦を見つけるか しなければならない、と。
しかし彼は そうはしなかった。彼はしばらく じっと目を閉じた。そして 指揮者に再開するよう合図を送った。
オーケストラの演奏が始まり、さきほど途切れたところから 彼は演奏を再開した。彼は今まで 誰も聴いたことがないような 情熱・力・純粋さとともに演奏した。
もちろん、3本の弦では きちんとした演奏ができない、ということは 誰もが知っている。私もそう思う。あなたもそう思うだろう。しかし、あの夜、パールマンだけは それを認めようとはしなかった。
彼は頭の中で 作品を別の形にアレンジしたのだろう。ある箇所では、新しい響きを生むために、調弦の調子を変えていたようにも聞こえた。演奏が終わったとき、畏敬の念に満ちた静けさが ホールを支配していた。
そして 突然堰を切ったように 観衆は立ち上がり、万雷の拍手喝采を送った。その場にいた全員が、いかに感動したかを示すために あらゆることをした。
パールマンは微笑み、額の汗を拭い、お辞儀をした。そして、誇らしげにではなく、静かに、物思いにふけるように、うやうやしくこう言った。
「残されたもので、どんな音楽を創造できるか。芸術家は 時にこのようなことに 取り組まなければなりません。」
何と言う力強い言葉だろう! 私はこの言葉を忘れられない。これはおそらく、人生についても あてはまる。芸術家だけでなく、我々一般の人間にも。
彼は4本弦のバイオリンで 演奏する準備をずっと続けてきた。それが 突然コンサートの真っ最中に、3本弦になってしまったのだ。そして彼は 3本の弦で 演奏を続け、それまで 4本の弦でしてきた どの演奏にもまして 美しく、神聖で、印象的だった。
おそらく、この混乱した無常の世の中で 私たちがすべきことは、最初のうちは 持てるものすべてで、そして それが使えなくなったら、手元に残されたもので、演奏をすることなのだ。(以上)
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命に感謝しましょう(3)
― ヌチ ドゥ タカラ ―
(1)(2)から先にお読みください
世界各地に 水や食物に恵まれず、いつもお腹を空かしている人たちが 大勢いるのに比べ、私たち日本人は 非常に恵まれています。
私は大学時代に、居酒屋でバイトをした経験がありますが、毎日 残りの食べ物が 大量にポリバケツに 捨てられるのを見て、食べ物を粗末にしていることを とても悲しく思ったものです。こんな光景を 飢えている人たちに 平気で見せられるでしょうか?とても恥ずかしいです。命に感謝することを考えるなら、料理をたくさん作る必要はないでしょう。もう 私たちは「大量生産」と「大量消費」の生活から 抜け出すべきだと思います。
私は 子供のときから「残すのはもったいない!」と思って、いつもお腹いっぱいになっても、無理矢理 残りを食べていましたから、小学生の頃から すっかりデブになってしまいました。また 給食のときでも、友達から「あげる!」と言われて、残りのものを よく食べていました。(笑) 当時の私は「食べ物が ゴミ場ゆきになるなんて、飢えている人たちに とても申し訳ない!全部食べなければ、どうしても気がすまない!」という 気持ちが強かったのです。
でも 食べ過ぎは体に毒ですから、今は 食べ物を残すときは、せめてもの気持ちで「残してごめんなさい」と 謝るようにしています。心のこもった料理なら 尚更です。お腹いっぱいに食べるのは たまにして、毎日の食事は ごく普通に食べるようにするのが 一番良いと思います。
私たち人間は 周りのありとあらゆるものを “命あるもの”と認識して、感謝することが 非常に大切です。食事のときに 手を合わせなくても、心の中で「命をいただきます。ありがとうございます。」と、言葉をかけてあげましょう。それを 毎日繰り返すことで、だんだん 「私は生かされている」ことに気づき、感謝の思いも 自然に沸き起こるようになってきます。
日本は古来から、森羅万象の全てに 神性を見い出し、「八百万(やおよろず)の神々」として、崇敬の念をもって 崇め祭っています。はるか昔の人たちは、きっと 感謝することの気持ちを知っていたのかもしれません。それが きっと「食べ物を粗末にしてはいけない」という、はるか昔からの教え、そして 日本文化と伝統の根源になったのではないでしょうか?私はそのように思っています。
皆さんも毎日 “命あるもの”に 感謝しましょう。
「いただきます。今日も 命をありがとうございます。」
「ご馳走様でした。命をいただいて ありがとうございました。」
ヌチ ドゥ タカラ
「ヌチ ドゥ タカラ」とは 琉球(沖縄)の言葉で、「命こそ宝」の意味です。
いつもありがとうございます。
(2008年3月3日)
命に感謝しましょう(2)
― ヌチ ドゥ タカラ ―
例えば 中国・広州では 冬に 犬の肉を鍋物にして 食べる習慣があります。犬を家族 あるいは 友達として 可愛がっている日本人から見れば、可哀想!と思われるかもしれませんが、広州の人たちにとって なくてはならないものです。それも 広州の食文化のひとつですから、尊重されるべきことだと思います。同様に 鯨を取って食べることも 日本の食文化のひとつですから、同じ日本人として 尊重するべきことだと思います。ただ、大自然のバランスを 守ることを考えれば、鯨の獲り過ぎは止めるべきでしょう。魚は日本人にとって なくてはならない食べ物ですが、今まで 大量の獲り過ぎで、大自然のバランスに狂いが生じ、魚たちの繁殖力が 徐々に失われてきています。非常に由々しき問題であることを、私たちは ただちに気づき、大自然との共生を 考えていくべきです。私たちは 大自然からの恵みによって、生かされているということを 忘れてはならないのです。
国々の 食文化と伝統に違いがあっても、ただひとつだけ 世界共通で 忘れていけないことは、“すべて命あるもの”に対しての感謝の気持ちです。21世紀を生きる私たちにとって、絶対に忘れてはいけない「人間としての営みと行い」なのです。
動物ばかりではありません。植物も“命あるもの”です。「動物を食べるのは 可哀想だから、植物しか食べない」と 言う人もいますが、私は そうでないように思います。動物も 植物も 生きとし生けるものは、全て“命あるもの”だからです。頭の良し悪しは関係ありません。平等で扱われるべきです。
それらの“命あるもの”に 感謝することをしないまま ただ食うだけでは、すべての“命あるもの”の想いは 決して報われないでしょう。私たちは 人類誕生以来、いったい どれほど永い歴史の中で、たくさんの命をいただきながら 生きてきたかを 考えれば、「大自然からの 大いなる恵みによって、私たちは生かされている」ということに気づくはずです。それに気づいたとき、初めて人は 全ての“命あるもの”に 感謝の気持ちが生まれるのです。
ですから、目の前に どのようなご馳走が並べられていようと、単に“食べ物”として見るのではなく、“命あるもの”として、食するべきなのです。仏教では、「食することは、人間の宿命的な業(カルマ)」と言われていますが、「周りの命なくして 人は生きられない」というのは真実です。“全ての命に生かされている者”として、真に生きる、よりポジティブに生きる、より良い社会の創造に貢献することによって、初めて “すべての命あるもの”の想いは 報われるのです。“命をいただく”こととは きっと そのようなものであると、私は思います。
余談ですが、日本では はるか昔から、稲は太陽から、畑の作物は月から、それぞれ霊気を受けて 育つから、米と野菜を 毎日食することで、肉体的にも 精神的にも 清々しくなり、霊的に向上することができるという 教えがあります。私は現在、野菜と魚を 主に食べています。年のせいなのか、最近では 野菜や魚のほうが 身体的に とても清々しいように 感じています。もちろん、ご飯も 味噌汁も欠かせません。(米も 味噌も 私たち日本人にとって、心のふるさとなのです)
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命に感謝しましょう(1)
― ヌチ ドゥ タカラ ―
私は毎日 ご飯をいただくときに 必ず「いただきます。」、食べ終わった後に「ご馳走様でした。ありがとうございます。」と、両手を合わせて感謝するようにしています。
また子供の時から、毎日の食事に お膳立てを手伝い、先に食卓についても お父さんが席に着くまで 箸に手を伸ばさないで、必ず待つようにしていました。毎日 その習慣が続いたおかげで、私は徐々に 親を敬い、感謝することの大切さを 自然に身につくことができました。これも 「敬う」、「感謝する」ことの大切さを教えてくれた 両親のおかげと、感謝しています。
今でも 食事するときに、妻と一緒に 必ず両手を合わせて 感謝するようにしています。そして しだいに「私たちは 周りの“命”のおかげで 生かされている」ことを 意識するようになり、全ての“命”あるものに 感謝するようになってきています。
私は ろう学校の給食で 鯨を食べたことがありましたが、その頃 捕鯨作業が制限されていたこともあってなのか、家の食卓で 鯨を食べた記憶がありません。私が食べた 鯨肉は堅くて、とても美味しいとは言えませんでしたが、現在は 昔と比べて 冷凍技術が発達していますから、鯨の肉も 上手に冷凍保存・処理さえ されていれば、昔よりも 格段に美味しく食べられるのではないかと思っています。ちなみに、刺身の中で 一番最高に美味しいのは、鯨の尾の身だと聞いています。
その鯨は 今では食べづらくなってきています。ご存知のように 20年ほど前から 捕鯨が全体的に禁止されてしまったためですが、「鯨は頭がいいから」というのが その理由のようです。これは 動物に対する差別ではないか?と思っています。
鯨を食べるのがいけないというのなら、豚や 鶏などの立場はどうなるのでしょうか?余談ですが、鶏をしめるとき、鶏の首と足を切って 血を全部出すようにするのが、美味しく食べるのに 一番良い方法だと聞いています。見た目は 残酷なように見えるかもしれませんが、美味しくいただくことを考えれば これは正しい処理の方法だと思います。
しかし 鶏肉や 卵を大量生産するために、鶏たちはどのように扱われているのでしょうか?ほとんど 機械で処理されているのが現況です。
例えば 卵を効率よく 大量生産するために、鶏たちは一生 狭い檻の中に閉じ込められたまま、毎日大量の餌を食べながら 卵を産んでいます。また 鶏肉の場合、ひな鳥たちは生まれたら すぐギュウギュウ詰めの箱に入れられ、満足に動き回ることもままならないまま、大量の餌を食べながら育っていきます。成長した鶏は、機械で処理されます。羽毛を無残にむしりとられ、血まみれの鶏たちが コンベアーで運ばれるシーンを見たことがありましたが、とても悲惨な光景で 私はショックを受けました。スーパーなどの店で 売られている肉も そうなのではないか?と考えるたびに、買う気にもなれません。また餌には 病気予防のための抗生物質が 多く含まれていることを考えても、そのように 育てられた鶏の肉を食べても、本当に身体に良いはずがありません。卵も同様です。鶏たちも“命あるもの”ですから、自然にのびのびと、愛情をこめて育てるべきなのです。愛情を注がれて育った鶏のほうが、肉も 卵も 大変美味しいのは当然です。幸い 最近になって、畜産業のあり方を見直し、鶏たちをきちんと育てる人たちも 出てきています。
しかし、鶏から「命をいただいている」という事実を、私たち人間は忘れてはならないのです。豚も 牛も 然りです。可愛いウサギも 鹿も 例外なく、私たちは毎日 周りから命をいただいているのです。
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真理の探究を書いて
この「真理の探究」の書きこみを始めた時、私は「神を探求する者」として、この世の中のさまざまな現象(物事・出来事など)を見たり、体験したりしながら、その向こう側に潜んでいる「不思議」というものを考えていきたいと、皆様にお伝えしました。
しかし 「真理の探究」を書き続けているうちに、私は「自分のなすべき事」が 少しずつ見えてきているように思います。
このHPは、会社事業のひとつで、HPを立ち上げた時に 私は「どのようにしたら 会社の利益に貢献できるのか」を考え続けてきました。そして このHP事業を続けているうちに、私は (株)IHM社員の1人として、自分の役割が見えてきたように思います。弊社は 主に「波動」と「水」の探求を通して、1人でも多く「ネガティブな状態」から 「ポジティブな状態」にシフト(変化)させ、誰もがより心豊かに生きられるように お手伝いすることを目的としています。私にとっても 大変素晴らしい仕事であり、私もその仲間の1人として、是非お手伝いをしたいと思っています。この「盲ろう者のたまて箱」HPも、私にとって 大事な仕事です。
昔 私が聴覚障害者で、聴覚障害者たちの福祉向上を目指して活動しながら、さまざまなことを学びました。そして 盲ろう者になって さまざまな人と出会い、いろいろなことを教わりました。また 私が盲ろう者になったことがきっかけで、さまざまスピリチュアル(精神的な)関係の本を読むようになりました。それらの体験を通して、私は「人間の心豊かな成長のためにも 何が大切なのか?」を 学ぶことが出来ました。また前から 私が感じていたこと、考えていたことが 徐々に より確かなものへ変わっていき、さまざまな疑問に対しての答えも もたらしてくれました。それらから得た「大切なこと」、「気づき」、「学び」を この「真理の探究」を通して 今後も 皆様に伝えていきたいと思っています。
私は 活動などを通して、人間たちのさまざまな面を見てきました。私は とてもポジティブな(積極的、プラス思考)仲間たちに恵まれましたが、同時に ネガティブな(消極的、あきらめる)人々も 大勢いることに気づきました。人間として「感謝する」、「敬う(うやまう)」ことの気持ちが失われている、「聞こえないから仕方がない」、「諦める」という気持ちがまだ強いなど、ネガティブな人が たくさんいることを、悲しく思いました。
また私が 聴覚障害者団体の青年部に入ったばかりの時は、若い仲間が大勢いたのですが、高齢者の増加と少子化の影響で 青年部に入る人も だんだん少なくなり、数年前から 青年部が休部になったという事態が 全国各地で起きるようになってきています。多くの活動者たちは その問題に大変憂慮されています。たとえ自分たちが懸命に頑張っても、自分たちの後を継いで 聴覚障害者の福祉向上のために活動してくれる人がいなければ、活動も停滞してしまいます。そうなると、今まで60年以上 活動に尽力されてきた先人たちの想いも、願いも、努力も無駄になってしまうのです。ですから、私たち世代は 過去からの“想い”を しっかり受け継ぎ、そして 未来へのバトンタッチを しっかり果たさなければいけないということを 時々感じています。
聴覚障害者たちばかりではありません。現在を生きる私たちにも 同じことが言えます。連日 ニュースや新聞を見てもわかるように、世の中は30年前と比べて かなりネガティブな(戦争、自然破壊、災害、家族崩壊、子殺し、親殺しなど)世の中になってきています。この状態を そのままにしておいたら、今後一体どうなってしまうのか… 想像してみるだけでも ぞっとします。
もし 私たちが本当に 平和で秩序正しい社会を望んでいるのであれば、「私たち世代は 今までの自分を反省し、出来る限り ポジティブな(愛、感謝、プラス思考、積極的など)生き方に変えていくのに、“今”ほど 大事な時期は他にない!」と考え、実行することです。そして 私たちの手で 今の社会状況を 少しずつ変えていくことです。それは「次世代の子供たちへのバトンタッチ」にも つながります。
私たち人間は 社会を創っていくための「役割」と「責任」を持って、この世に生まれてきています。その意味で、私たち世代の責任は 非常に大きいと思います。
私が このHP事業を続けているうちに、その想いは徐々に大きくなってきています。最初は「自分のつぶやき」のつもりだったのですが、「大切な事柄はきちんと伝えていくべき!」と 考えるようになってきています。私も わずかながらでも 今後の平和な社会を創るお手伝いをしたいと願っています。
このHPを読むことで、一人でも多く ポジティブな生き方が出来るようになれば…と願い、今までの体験を通して得た「大切なこと」、「気づき」、「学び」などを 出来る限り伝えていくことが、私の任務であると思っています。今後も このHPをご愛読くださいますよう、心よりお願い申し上げます。
このHPの他に、皆様がよりポジティブに生きられることを目的に、弊社(株)IHMは、ワークショップ、セミナーなど、さまざまな企画を実施しています。また 月刊「HADO」を発行しています。企画のご参加、お読みになることをお勧めいたします。
いつもありがとうございます。
(2008年2月12日)
自己愛(2)
−自分を愛するということ、
自分が信じられるということ−
(1)から先にお読みください
「自分は一体何が足りなかったのか?自分は一体何を見失っていたのか?」
妻と付き合い始めた頃の写真と、結婚したばかりの写真を見比べてみて、確かに昔の私の表情がどことなく暗い感じがありました。そしてその理由も徐々に理解出来るようになりました。
そのことに気づき始めたきっかけは、カウンセラーとして 著名な先生の講演会に参加したときでした。その頃の私は左目が完全に失明していましたが、右目はまだ健常な状態だったので、手話通訳を通して先生のお話を聞くことができました。その先生が「周りの人に幸せを与えることを考える前に、まず自分から先に幸せになることを考えてください。自分をほめることを考えてください」と話され、私は深い衝撃を受けました。
「そうか!そうだったんだ!そんな大事なことを 何故今まで気づかなかったのだろうか?!」
その時に初めて、私は自分自身を遠ざけている自分の姿に気づきました。その気づきだけでも大きな収穫だったのですが、今思うと あれは「本当の私」を見つけていくための重要なきっかけだったのではなかったか?と思っています。その時から「自分を愛せるように頑張ってみよう!」と思い始めました。
ところが 結婚してまだ間もない頃、今度は右眼の視力も落ち始め、その時に私は未だかつて経験したことのないような、とてつもない恐怖と不安を感じました。そしてとうとう盲ろう者になって、今まで当たり前のように出来たことがいっぺん難しくなったと知ったとき、私は深い絶望と恐怖と不安の毎日が続きました。心がとても苦しくて、夜も眠れないほどでした。しかし 幸いなことに、家族や周りの人々が懸命に支えてくれたおかげで、私は絶望と恐怖のどん底から 徐々に立ち直るようになってきました。
眼が見えにくくなったきっかけで、その頃からスピリチュアル(精神的な)関係の本をいろいろと読むようになりました。他に「自分を愛すること」の意味をなんべんも考えてみたり、瞑想を繰り返したりする中で、ようやく気づきました。
―『自分を愛すること』― それは『自分を信じること』に他ならなかったのです。
そのことに気づいたとき、自分が盲ろう者になったばかりの頃を思い出しました。最初は「自分はなんて気が弱い人間なんだろう!」と思ったのですが、ずっと後になって初めて気づいたのです。あの時の私はまだ「自分が信じられなかった、信じきれていなかった」ことにー。そして「眼が見えなくなったぐらいで 自分が信じられなくなるほど、私はそんなに情けない男だったのか」とー。
―自分が信じられなかった―
それこそが長い間 私の中で欠けていたもの、自分が見失っていたものだったのです。もし、もっと前に早く「自分を信じること」が出来ていたならば、眼が見えなくなっても 決してあれほど恐怖と不安と絶望に悩み苦しむことはなかったでしょう。
私はそのことにやっと気づくのに、実に40年もの長い歳月を費やしたものです。私の気づきは遅れていたということかもしれませんが、「遅すぎた」ということでは決してないと思います。ただ私にとって、とても大きな収穫であったと思っています。
それ以来、私は自分を愛せるように、毎日鏡の自分(あまり見えませんが)に向かって 微笑みながら「いつもありがとうございます。」と感謝するようにしています。そのうちに「ずっと自分を信じ続けること」の大切さにも気づきました。
「自分を愛し、自分を信じ続ける」ことは、己の自信を深めるだけでなく、
―無限の可能性にもつながり、限界というものが消えてなくなるー
ということです。そして それは私も皆さんも決して例外ではないということです。何故「自分を信じ、愛することで、無限の可能性が目の前に開けてくるのか?」、その理由については また今度の機会にお話したいと思います。
ようやく私が「欠けていたもの」、「見失っていたもの」を取り戻した今、私の中の「足りないもの」が満たされていったように思います。また以前と比べて、私の心が少し強くなってきているように感じます。これからも心を磨き、心を強くしていくために、私は生涯かけて 自分を愛せるように、自分自身を信じ続けられるように努力していきたいと思います。
私は毎日 鏡の中の自分に向かって、次のように語りかけています。
『今まで自分が信じられなくてごめんなさい。』
『いつもありがとうございます。』
『これからもよろしくお願いします。』
皆さん、自分の周りの人を愛し、信じられるように、自分をも愛し、信じるように努めていきましょう。
いつもありがとうございます。
自己愛(1)
−自分を愛するということ、
自分が信じられるということ−
昔は 私は私自身のことが大嫌いでした。『自分のことを好きになろう!』という気持ちも、考えることさえも まったく頭の中にはありませんでした。鏡の自分の姿を見るのも嫌でした。例えば鏡の前に立っても、私は鏡の中の『自分』を じっと見つめることをしないで、まるで自分自身がとても醜く恥ずかしいように感じていたせいか、いつも鏡の自分から 眼をそらしてばかりしていました。
―何故、自分がそんなに嫌いなのか?―
昔大学を卒業して 社会に出たばかりの頃、当時の私はかなりネガティブな(消極的な)気持ちが大きかったように思います。「耳が聞こえない」ゆえに 人並みのことがあまり出来ない、大学や社会の中で 周りの人とのコミュニケーションが難しいなどの理由から、私は常に周りの人に対して、劣等感を感じていたり、「自分は何も出来ない」と強く思い込んでいたりしていました。つまり、私は「自信」というものがなかったのです。ですから当時の私は「自分の中の『何か』が足りない」ことを いつも感じていたのです。それが一体なんであるのか、自分自身もまるでわかっていませんでした。
職場では 当時の私は聴覚障害者1人だけで、周りは健常者ばかりで、気軽に話せる相手はいませんでした。社員旅行や忘年会などに皆で参加しても、お話しする量も少なく、景色やご馳走を楽しむこと以外はあまりつまらなかったです。ですから、グループで行動するよりも、単独で行動することの方が気楽で楽しかったように思います。いつも一人旅が多かったのですが、気楽に話せる相手がいませんでしたから、やはり旅行に行っても楽しくないと思うこともたびたびありました。
このままでは、いつまでたっても変わらないような気がして、「このままではダメだ・・・もっと自分を変えなければ・・・」と心のどこかで 四苦八苦していました。当時の仕事では「生き甲斐」というものをあまり感じられず、他になにか自分自身を生かせる場がほしいと思って、地元の聴覚障害者団体の青年部活動に参加しました。そこで「手話」でコミュニケーションすることで、泣いたり、怒ったり、感動したりの充実した8年間の青年部活動を体験できたおかげで、自分にも自信が持てるようになりました。また自分の感じたことや考えていることを 周りにストレートに伝える、表現出来るようになってきました。
しかし 会社の仕事だけでも毎日が大変だったのですから、本来なら活動の時間を減らすなどして 仕事に専念できるようにする、自分の時間を作って体を休ませるべきだったのですが、それもしませんでした。多分、私は自分のことを大切に考えていなかったからでしょう。
そのために職場で居眠りしたり、仕事に失敗したりしたことがしょっちゅうで、会社の連中には冷たい視線が感じられ、自己嫌悪に陥ったことがたびたびありました。時には仕事に大きな失敗をしでかしたため、ショックのあまりに2週間ほど食事をろくに取らなかったときもありました。
青年部活動や手話の指導など、聴覚障害者の福祉向上を目指してさまざまな活動を懸命にやってきたにもかかわらず、私自身はそれでも何かが物足りない、何も変わっていないように感じて、いつまでたっても自分が嫌いなままでした。また毎日の仕事と活動に忙しいあまりに、自分のしていることさえも判別出来なくなるほど、自分を見失ってしまったこともありました。
やがて、眼の視力が落ち始めた(原因は未だ不明ですが)のをきっかけに、仕事も活動も休まざるを得なくなりました。しかし 仕事と活動から解放された形で、私はようやくリラックスできる時間を持てるようになりました。その頃から妻と付き合うようになって、やがて結婚するに至ったのですが、妻は「今のあなたは明るいけど、付き始めた頃の表情は暗かったよ!」と言っていました。
私は一体何が欠けていたのでしょうか?一体何を見失っていたのでしょうか?
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『自分を創る』ということ(4)
(1)(2)(3)から先にお読みください
何故 人は『自分を創る』ことが大事なのでしょうか?それは己の「魂の修行」であり、「魂の進化」のためにあると言いましたが、もうひとつの理由は「後悔しない生き方」をするためだと思います。
自分がやがて死ぬ間際になって、その時に人は誰でも 今まで自分の歩んできた道を振り返るでしょう。そして「あの時はこうすればよかった…」、「あの時は頑張れてよかったなあ…」など いろいろと思い巡らし、時は満足したり 時は後悔したりします。もし 何もしないで だらだらと生きていたら、きっと後になって 大きな後悔となって 自分に降りかかってくることでしょう。私は いつか死を迎えたときに、「ああ、自分は最後まで頑張れて幸せだったなあ…」と自分の生き様に満足しながら 来世へ生まれ変わる瞬間を楽しみにしたいと 切に願っているのです。
「今をいかに生きるかー」 それを選択するのは、皆さん自身です。私はかつては聴覚障害者でしたが、今は盲ろう者になりました。その分 ハンデも大きくなって、二重苦を背負いながらの生活を余儀なくされましたが、それでも 私は「自分創り」をずっと続けていきたいと思っています。
「何故自分はこんな目に…」と悩んだり思いつめたりするのは 「生きること」に対しての ネガティブ(消極的)な姿勢であり、生きることの意味すら忘れさせてしまうものです。「人間」として いかに頑張って生きていけるかー。いかにありのままで 自分らしく生きるかー。いかに「自分」を創っていくかー。それらは人間一人ひとりにとって 人生最大のテーマです。自分がいかに一生懸命に生きるかーによって 自分の未来も きっと素晴らしいものへと 変わっていくに違いないと思います。
また 私たちはまず自分自身に対して もっと自信を深めていく必要があります。何事においても 決して失敗と結果を恐れてはいけません。「失敗は成功の母」と言われるように、失敗も自分を成長させる、新たに自分を創っていくための 必要なプロセス(過程)のひとつです。ですから成功だけでなく 失敗することに対しても 常に感謝しなければならないのだと思います。
正しい「自分創り」の基本は 正しい人たちとの交流とコミュニケーションです。私がかつて経験したように 活動の場での交流とコミュニケーションに多く参加することで、さらに素晴らしい人たちとの出会いにも恵まれました。共に飲み屋で一杯やりながら付き合ったり、活動したりしながら その方々からさまざまなことを教わりました。今の私があるのは、今まで出会ってきたさまざまな人たちのおかげと感謝しています。そして私は さらなる高みを求めて 新たな自分を創っていくために 今後もずっと新しい出会いと交流を努めてまいりたいと思っています。
「自分を創る」ことは 人間一人ひとりにとって ポジティブな(積極的な)気持ちを持って生きていくための「使命」であり、「魂の永遠の仕事」です。皆さんも 常に自分自身を見つめなおし、いかに自分はどのような「自分創り」が行われているかを考えてみましょう。そして これからの日常生活の中で 正しい「自分創り」を心がけていきましょう。
いつもありがとうございます。
『自分を創る』ということ(3)
青年部にとって 必要な『要求づくり』とは、自分を取り巻くさまざまな物事や問題などに対して、自分自身で感じたこと、考え、思いを 素直に周りに発信していく、伝えていく力を身につけることにあると思います。
さまざまな問題や物事に対して 考え、行動を起こしていくためには、人それぞれ(特に若い人たち)に 自分なりの確固たる考えを持つことが重要となってきます。すなわちアイデンティティの成長です。
ではどうすれば アイデンティティを育てる、自分の考えを持つようになったらいいでしょうかー。それは さまざまな人と出会い、コミュニケーションを多く重ねていくこと以外にないと思います。ただ 誰でもいいというわけではありません。自分が正しい考えと思考力を持つようにしていくためにも、正しい人たちとの交流とコミュニケーションが重要です。例えば、日常生活のさまざまな問題に対して 詳しい知識を持った人の講演会に参加したり、全国ろうあ者大会、青年のつどい、青年活動会議など 様々な学習会や活動者会議、研修会などに参加したり、参加している者同士が交流を深めていくなど 正しい人たちの集まりの場に参加を重ねることによって、初めて正しい「自分創り」が 徐々に行われていきます。また「常識」と「マナー」を身につけるのに 非常に役立ちます。
昔 活動する中で学んだ「青年部3本柱」ですが、私なりに考えてみると 実は4つのステップ(4柱)があると見ています。すなわち『仲間づくり』→『学習づくり』→『自分づくり』→『要求づくり』です。もし「自分づくり」が行われていなければ、先人たちのように 自分も国や自治体に対して 要求していく考えと力を持つことは出来ないでしょう。
ある人は 青年部のことを「将来にさまざまな活動を 自分たちで展開できるようにしていくための“学校”」と言っていますが、青年部とは まさに聴覚障害青年たちが“本当の大人”に成長していくための“学びの場”なのです。学校でいろいろと勉強して学んだことは、あくまでも 将来社会に出て さらに勉強していくためのステップに過ぎません。人生とは ステップbyステップの連続であり、また勉強の連続なのです。
私が経験した青年部活動も 次のさらなる自分創りと 新たな活動を展開していくための 重要なステップであったと思っています。そういう意味で その青年部は活動と経験を通して、私に『自分を創る』ことの気づきと大切さを教えてくれたのです。そして 今も私は私なりに「自分創り」を続けながら努力しています。
しかし、今まで さまざまな人とのふれあいを通して、身体障害の有無にも関わらず、なかなか 正しい「自分創り」を努めようとしない人も たくさんいることに気づくようになりました。実は幼い頃から 今までずっと耳が聞こえない私は、情報力もコミュニケーションも豊かな健常者たちの方が、当然正しい考えを持っていて、私たち障害者よりも 健常者のほうが 強者的立場にあって 常に正しく考え、行動する存在であるとばかり思っていたのです。
けれど「手話」そして「触手話」によるコミュニケーションを通して、私が触れてきた健常者たちにも 実はポジティブな面とネガティブな面を併せ持った人が 多くいることを知りました。結局 コミュニケーション能力に差はあれども、思いや感情などの面では 私たち障害者たちと なんら変わりはなかったのです。
私も 例外なく、ポジティブな面とネガティブな面を併せ持っています。おそらく 障害の有無に関わらず「自分はどうあるべきか?」を 常に自覚しながら「自分」を良い方向に変えていくことを努めようとしない人の方が 圧倒的に多いというのが真実ではないでしょうか?
ニュースでも見られるように、幼児虐待、親子同士の殺し合い、戦争・・・など ネガティブな出来事が 日常茶飯事で起こってきています。それからして 現在において 正しい方向とは 逆に悪い方向へ自分を作っている人間が大勢いると見受けられます。健常者のほうが 障害者と比べて、コミュニケーションも、情報力も、思考力も、行動力も豊かで優れています。それだけの能力を 神に与えられていながら、正しく使おうとしない人間が まだまだ大勢いるというのは なんともったいない話なのではないでしょうか?… 障害者にも さまざまなハンデはあるけれど、私たち障害者も例外なく人間なのですから、当然正しい「自分創り」を心がける権利があります。
今の社会は破壊的な状態にあります。社会を より正しく平和な社会にしていくために、すなわち「よりよい社会の創造」に貢献出来るようにしていくために まず自分を変えていくことから始めなければならないと思います。人間は誰でも より正しい方向へ「自分創り」を心がけていけるように、1人ひとりの想いと感情を ネガティブな状態から ポジティブな状態へ変えていこう!という気持ちと努力がとても大切です。
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『自分を創る』ということ(2)
大学を卒業して 都内の会社に通勤し始めたときに、私は1人暮らしを始めました。当時 周りには 友人がいなかったので、私は 自分と同じ障害を持つ仲間と出会い、仲間を作る目的で その地域の聴覚障害者団体に入会しました。
団体の中に 青年部があって 私は よく青年のつどい、スキー交流会などの行事に参加していたのですが、その青年部役員の皆さん(もちろん聾者です。)が しっかりてきぱきと活動されている姿を見て、私は衝撃を受けました。当時の青年部役員の皆さんは 常識な人ばかりで手話で青年部会員の皆さんに 指導したりお話されているのを見て、他の地域の聴覚障害者団体と違って「何か学ぶものが この青年部の中にある!この青年部なら 自分は変われるのではないか?」と感じたのです。そして 自分も青年部役員になって、先輩から さまざまな指導を受けながら 活動してきました。
活動の中で 先輩から『青年部3本柱』というものを教わりました。『仲間づくり』→『学習づくり』→『要求づくり』です。この3本柱の目的は 各地域に住んでいる 一人ぼっちの聴覚障害者をなくし、同じ障害を持つ仲間が寄り集まって 交流したり学習したりすることで 聴覚障害者一人ひとりが抱えている諸問題を掘り起こしていく、共に話し合うことで解決の道を見出していく、そして聴覚障害者たちの暮らしや福祉が向上出来るように 自治体や国に要望していくというものです。私は 先輩から3本柱についてのお話を何度も聞き、そして 私自身から 後輩たちに教えてきました。
しかし 3本柱の重要性を理解していても 私個人として 何か引っかかることを感じていたのです。何故なら 当時の青年部は 仲間に参加を呼びかけて 学習会や交流会を催すなど 『仲間づくり』や『学習づくり』を実践していても、『要求づくり』は まだ実践されていなかったからです。各市町村及び各都道府県の協会、各協会の上部団体である(財)全日本ろうあ連盟が 国や自治体に対して 毎年要望を出しているのがたいていでした。そこからして 私はいつも青年部の『要求づくり』とはなんなのかを その意味について考えたことが しばしばありました。
しかし 青年部活動を続ける中で、地域の交流会や学習会だけでなく、関東ブロックや 全国レベルの大会や つどいなどにも積極的に参加して、さまざまな人と出会い、共に話し合い 交流を深めていきました。そして 自分の中で 徐々に さまざまな物事や 問題などに対して、自分なりに感じていることが 自分の内側から湧き出てくるようになってきて そのまま周りの人にストレートに発信(発言)出来るようになってきました。つまり 私は 聴覚障害者団体青年部活動の中で 自分と同じ仲間たちとのコミュニケーションを重ねていくにつれて、徐々にアイデンティティを身につけるようになっていったのです。そして『要求づくり』の意味も 徐々にわかりかけてきました。
8年間の活動の後、都合で活動を休むことを余儀なくされましたが、その反面 活動を休むことで自分の時間に余裕が出てきました。その間に 自分はあらためて青年部3本柱と 自分の活動を振り返ってみて 『要求づくり』の本当の意味に気づき、それは確かなものに変わっていったのです。
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『自分を創る』ということ(1)
題名の通りに 今回は、「自分を創る」ということについて お話してみたいと思います。何故 こんなお話をするのかというと、「自分を創る」とは 「生きる」ことであり、それは 「与えられた使命を果たす」ことでもあると思います。
「使命」の言葉から それは「命を使う」とも 読みます。つまり 一人ひとりは 与えられた「命」をいかに使うかが 重要であるということを 意味しているように思います。何のために生きるのかー。何のために「自分を創る」のかー。それは きっと「魂の修行」であり、「魂の進化」のためにあると 私はそのように思っています。それが 障害の有無を問わず 人間一人ひとりに与えられた 「人生最大の課題」であると思っているからです。そして「自分を創る」ことは 生まれる瞬間から 死ぬ瞬間まで 続きます。では 自分を創っていくために 何が重要でしょうか?それは「コミュニケーションと交流」であると思います。
私は 生まれつき 耳は聞こえていなかったので、幼児期から コミュニケーション出来る能力が乏しく、自分なりの思いや考えを 自ら周りの人に発信する(伝えていく)ことすら 出来なかったのです。つまり アイデンティティ(自己主張)の欠如です。
聾学校では 当事は口話教育が中心で よく発音や言葉の聞き取りの訓練をさせられたものでしたが、それでも 普通校と比べて アイデンティティを養うことは難しかったと思います。当時、私の通っていた聾学校は、手話を使って教える、話し合うことを認められていなかったですから、僕は ただ相手の口の形を読み取る(読唇術)ことに 一生懸命であったために、さまざまな人が話している内容を 自然に理解できる余裕がなかったのです。つまり 人の話を元に頭の中でイメージを思い描くことが 非常に難しかったのです。
家族の中の会話もそうでした。普通、子供は誰でも 自分の両親や兄弟、友達などと 口と耳で会話しますね。幼稚園→小学校→中学校→高校→大学・専門学校など→社会の順序で 場と環境に順応していきながら成長していくにつれて コミュニケーションと情報力が豊かになっていくわけです。
しかし 聾学校の場合、幼稚部から高等部、専攻科がありますが、地域在住のろう児が少ない、学年ごとにクラスがひとつずつで 人数も少ない状況の中で 教育を受けながら 学校生活を送っていました。幼稚部から高等部まで クラスメイトはずっと同じ顔のままであることが多く、そのために(聾学校の)外の世界を知らないまま(多く触れる機会がないまま)温室育ちの状態で 学校生活を送っていたのが実情でした。そして 卒業して初めて社会に出た途端に、社会のさまざまな姿に 驚きと戸惑いを感じます。聾学校は温室育ちの状態でしたから、ろう児一人ひとり(学生)が 人間として 困難の壁にぶつかってそれを乗り越えていくという経験がほとんどなく、学ぶ機会もありませんでした。
ろう児(学生)がろう者(社会人)になって 社会に出た瞬間 最初に戸惑うのは 職場の中でのコミュニケーションです。聾学校では 聞こえない者同士が口話のほかに身振り、手話でおしゃべりしながら 楽しい学校生活を送っていたのに 社会に出た途端、「コミュニケーション障害」という壁に阻まれ、自分は周りから孤立され 精神的苦痛に悩まされてしまい、結果的に 会社を辞めたり転職したりするケースが 多く見られます。
社会に出ても、職場において 皆(健常者)と仲良く付き合いづらい、おしゃべりしづらいように 周りの情報がなかなか入りづらいために、自分は さまざまな情報から 自分に合った選択をして、それに基づいて 自分の考えや思いを ストレートに発信していくことが難しいという現実があります。
かく言う私も 例外ではありませんでした。私は 聾学校→高校→大学→社会の順序で 学生生活を送っていましたが、やはり コミュニケーションも付き合いも難しかった。授業の内容や クラスメイトの話し合いについていけない、特に 大学のときはさらに孤立してしまったことがありました。大学では 友達も少なく、自分はどうしたらいいのか 右も左もわからない状態でした。私は まだ自分の思いや悩みを 周りの人に打ち明けるという考えさえも持っていませんでした。そういう意味で その頃の私には まだアイデンティティというものを持っていなかったのです。ただ 周りの人にまねて 行動する、さまざまな人の意見にやみくもに従うことが多かったです。
そういう自分が好きになれず、なんとか自分が変われるようになりたいと 考えていた時期がありました。そんな私が徐々に変わるようになっていったのは 聴覚障害者団体の青年部に入ったのがきっかけでした。
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神社と女性(2)
(1)から先にお読みください
そういう意味からして、実は 女性は 神の宮を有していて、男性と比べて 神に近い体をしていると 考えることが出来ます。女性のほうが 男性より 行動と 考え方が しっかりしているのは、そのためなのでしょう。でも それは決して 女性が偉いと いうことではありません。女性は 女性としての 役割があり、男性は 男性としての 役割があって、互いに 欠けてはならない存在です。
昔、仏教では 女は 決して 山に入ってはいけないと よく言われていましたが、逆に言えば 女性は すでに 神の宮を持っていたから 山に入る必要はなかった、男性は それがなかったため 神に近づけるように 山に入って 修行する必要があったと 考えることが出来ます。
鐘突き堂のことも 考えてほしいです。鐘は 実は 子宮なのであって、突き棒は 男性器です。鐘を突く様は 性交するときの それと似ています。そして 鐘が鳴るのは 電気的現象であり、生命発生現象を 意味しています。鐘を突くことと 性交することが 何故 これほど似ているのかを考えると 不思議な気がしますね。また 神社の構造が 女体のそれと 似ていることは、何かしら 大きな意味があるように思えます。
古事記(日本神話)を お読みいただければ おわかりになることなのですが、その内容には 女性は 男性と比べて、慎み深さと たくましさが よく 描かれています。また 自分の相方(夫・男)を たてることの 姿勢を 貫いていることも 描かれています。男女を比較して、実は 女性の方が しっかりして 強かった、たくましかったにも かかわらず、常に 慎む、耐える、相方(夫・男)をたてる 姿勢を貫くことを 心がけていたのです。そこに 女としての 強さと 美しさが 表れていて、そのような 素晴らしい女性に対して 私は 畏敬(いけい)の念を 禁じえません。
昔は そのような女性が 大勢いたのに、戦後になって、慎む、耐える、相方をたてることを 忘れてしまった女性が 徐々に 多くなってきています。それは 多分 神話が 日本人の間から 遠ざけられてしまったことも 一因になっていると 思いますが、もうひとつは 女性が そうなってしまったのは 男性にも 原因があるように 思います。昔、女性たちは 慎みと 忍耐などの 姿勢を持って 男性に接していたのに、多くの 男性は その女性に対する 畏敬と 感謝の念を持って 答えようとしなかったからではないでしょうか。そういう意味で、現在の女性に 本来の 美しさと 強さを 取り戻すのに、男性の責任は 大きいということなのかもしれません。
しかし 21世紀に変わるにつれて、男女は 特に 夫婦は それぞれの役割と 仕事を果たしながら、お互いに 尊重しあう人が 増えてきています。21世紀は 誰もが 新しい価値観を持って、新しい世界を 創造する 時代です。その 価値観の礎となるのが 「愛・感謝」です。また 「愛・感謝」は 21世紀を 幸せに生きていくための 道しるべです。男性は 陽(陽子)で 天のようなものであり、女性は 陰(電子)で 大地のようなものです。また 男性は 太陽で 女性は 月のようなものです。そして 陽子と 電子を 結びついているのが 中性子であり、男性と 女性を結びつけているのは 中性子的な存在、すなわち 「愛」なのです。ですから、この21世紀において 男と 女は 「愛・感謝」という 新しい価値観をもって、お互いを 尊重しあいながら、愛と感謝に満ちた 世界を 創造していくことになるのです。
何故 赤ちゃんや 子供たちは お父さんより お母さんのほうに 惹かれるのでしょうか?赤ちゃんや 子供たちは きっと お母さんに 母性的本能を 無意識に 求めているからかもしれませんが、その 母性的本能と いうのは もしかして 神の世界の “フィーリング”と 同一なのかもしれません。だと すれば、人々が 神社へ参拝に行くのは 実は 心の奥深くに 母性的本能 すなわち 神の世界の “フィーリング”を 求めるために、集まってきていると いうことになります。神社は 創造の世界であり、女性の子宮も 創造の世界です。それは 魂が生まれ出るところであり、また 帰っていくところです。そのように 人は(魂 あるいは 霊魂)は 神の世界と 現世世界を 往来しながら、永久的な 運動を 繰り返されているのです。神社で 神の宮の前に 手を合わせて 拝むことは、女性に対して 拝むことと 同じであり、女性を 大切にすることは 神を大切にすることに つながるのです。
皆さんも、「神社」と 「女性」との つながりと いうものを 考えてみましょう。
いつもありがとうございます。
神社と女性(1)
私たち日本人は 誰でも お正月には 初詣、その他に 七五三、大祓い、夏祭り、秋祭りなどの行事で よく神社へ お参りに行きます。これは 大昔から ずっと 続いている 日本の風習と 伝統であり、日本人にとって 神社とは 切っても切り離せない 存在であると、私は思っています。
ところで 私は 以前 たまたま 本を読んで、なるほど!と 思うことがありましたので、このことを 書いてみたいと思います。神社に お参りに行くときに、必ず 参道を通りますね。そして 社の前で お参りした後、再び 参道を通って 帰っていきます。 このことは、実は 女性の体の構造と 似ているのです。
皆さんも ご存知のように、女性の体は 子供を産めるように 出来ています。子供を作るとき、男性と交合して 精子を受精します。そして その精子は 産道を通って 子宮にたどり着き、そして 細胞分裂現象が起こり 生命が発生(誕生)します。その生命は お腹の中で 育まれながら、赤ちゃんに成長していきます。そして それは 産道を通って この世に生まれてきますね。
神の社は 神の宮です。そして これは 子宮と相似しています。細胞分裂から 赤ちゃんに成長するまでの 過程は 医学的にわかっていても、赤ちゃんは どのようにして 作られて(組み立てられて)いくのか、どうして そのようなことが 出来るのか、根源的な理由について、現代科学をもってしても 誰にも 知ることはできません。これは 神様のお働きなのです。ですから、子宮は 生命を創造するための宮であり、神の宮でもあるのです。そして 生まれてくるときに、赤ちゃんは 産道を通ってきます。「産道」は 同じ読みがなで 「参道」とも 読みます。また 子供が生まれるときに 母親は 陣痛を起こします。その「陣痛」は 同じ読みがなで 「神通」とも 読み、陣痛を起こすとき、それは「神の世界に通じる」瞬間であると 考えることが出来ます。陣痛(神通)を起こしたとき、それは 神の世界と リンクして 子供(魂)を授かる時であり、「聖なる瞬間」でもあると言えます。
この世に 生まれ、やがて 死を迎えたとき、その魂は 三途の川を渡って 神の世界へ 帰っていきます。「三途」は 「参道」の読み方と 似ていますね。つまり 人は 誰でも 神の世界から 産道を通って この世に生まれきて、やがて 世を去るとき 三途の川を渡って 再び 神の世界に帰っていきます。これは 神社の参拝と 似ています。つまり 人々は 知らず知らずのうちに 参道(三途の川)を通って 神の宮(神の世界)に 帰っていき、再び 神の宮(子宮)から 参道(産道)を通って 現世へ戻っていくことになるのです。人々は そのように 神の世界から 現世に赴き、それぞれ 自分の使命を 全うし、やがて 再び 神の世界へ帰ってゆくのです。そして それは永遠に 繰り返されることを、少なくとも 私は信じています。
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君が代と夫婦和合(3)
(1)(2)から先にお読みください
以上からして、『君が代』とは実は『夫婦和合の世』であると考えることが出来ます。すると、『君が代』の意味も大きく変わってきます。すなわち、
はるかなる昔、最初に男神イザナ・ギ(木)と女神イザナ・ミ(実)が仲睦まじくまぐわって(性交して)、多くの子を産み国が豊かに栄えていったように、
『君が代(夫婦和合の世)は、夫と妻がお互いに睦まじくまぐわい(交合)しあって子を産み、子々孫々が栄えることによって、平和な家庭が末長く続きますように』
という意味になります。なんと素晴らしい歌ではありませんか?末長い家庭の平和への願いをこめた歌が自然の光景で描写され、かつこれほど平和的な歌は世界中の国歌と比べても日本の他にはありません。そこに日本人としてのアイデンティティと誇りがこめられているのがよくわかります。
家庭の平和は地域の平和につながり、地域の平和は国と社会の平和につながり、やがてそれは世界平和へつながります。そして平和な世の中が末長く続きます。家庭の平和の基本は夫婦の絆です。夫婦が互いに愛し合い、睦まじく交合することで子供たちを産み、やがて子々孫々が栄えることで家庭の平和が末長く続きます。これは世界中の人々にも当てはまります。ですから「君が代」の歌は、実は世界全ての人々に平和の尊さを発信するためのメッセージなのではないかと思えます。
「君が代」は実は「夫婦和合の世」であった…その意味に初めて気づいたとき、私は涙がこぼれるほどどんなに嬉しかったことか…また神話を通して、日本ははるかなる昔からこんなに素晴らしい伝統と文化が秘められていたことを再認識し、私は日本人としてこの世に生を受けてきたことをあらためて神に感謝したいと思いました。
これで「神話」 「性交」 「君が代」には、実は密接なつながりがあったことをお分かりいただけたことと思います。戦後、私たち日本人はずいぶん長いこと神話から遠ざけられてきましたが、混乱と退廃を極めている今こそ、神話と性交と君が代を見つめ直すべきです。幸いなことに、最近日本神話(古事記)に振り返って、そこからあらためて伝統と文化と美を学ぶ人たちが増えてきています。
「神話を忘れた民族は滅びる」−。日本民族としてのアイデンティティと誇りを取り戻し、未来の繁栄を真に考えるならば、まず神話を知り、そこから古代人たちが培ってきた伝統と文化とそして日本の“美”を学ぶことが、現代を生きる日本人にとって為さなければならない最重要課題であると私は思います。
次世代の子供たちに大切なこと(もの)を伝える、バトンタッチすることは、私たち世代の責務です。どうか、子供たちに神話の本を買って読ませてあげてください。君が代の意味と歌うことの大切さを伝えてあげてください。家庭平和の尊さも教えてあげてください。皆さん一人ひとりが神話、君が代、性交との重要なつながりに気づき、子供たちに教え伝えることほど、私たち世代にとってこれほど素晴らしい仕事はないと思います。
このHPを読んでくださっている皆さんにも、出来る範囲で自分から子供たちや周りの人たちに教え伝え、広めていってください。自分でもやれる!と思うことをどうか実行していってください。よろしくお願いします。
いつもありがとうございます。
君が代と夫婦和合(2)
ところで「君が代」の「君」とはどんな意味でしょうか?そこでインターネットでその言葉の意味を検索して、以下のような意味が出てきました。
『君・公[名]
1 一国の君主。天皇。天子。
2 自分が仕えている人。主君。主人。「わが―」
3 人を敬慕・親愛の情をこめていう語。「いとしの―」
4 人名・官名などの下に添えて敬意を表す語。男女ともにいう。「師の―」
5 貴人や目上の人をいう語。お方。
6 遊女。遊君。
7 古代の姓(かばね)の一。もと皇親系の尊号で、天武天皇の八色(やくさ)の姓制では朝臣(あそん)姓を与えられる者が多かった。
[代]二人称の人代名詞。
1 多く男が同等または目下の相手に対していう語。「―、一緒に行こう」
2 上代では多く女が男に対して、中古以後はその区別なく、敬愛の意をこめて相手をいう語。あなた。』
いろいろな意味がありますが、現在では「天皇」「君主」の意味の他に、多くの男性が目下あるいは同等の相手の名前を「―君」と呼んだり、目下あるいは同等の相手を「君!」と呼んだりしているのが一般的です。ですから「君が代」の「君」とは日本で言えば「天皇」のことを指しています。
ところが数年前たまたま知人から借りた本を読んで、「君(きみ)」の語源を初めて知りました。次のようにはるか昔から日本に伝わる歌があります。
『木は東 花葉も南 木の実西
実を分け生(お)ふる 木の実こそ キミは男女神(おめがみ)』
(意味)
木は東に、花と葉は南に、木の実は西に配置する。実は木の枝から分かれ生じるが、木と実は常に一体である。「木」は男に例え、「実」は女に例えるから「キミ」というのは「男女神一体」すなわち「男女一体」を指すのである。
また他にキミ(木・実)を男女に例えている歌があります。
『キミはその 木の実によりて 男神(おがみ)は「キ」
女神(めがみ)は「ミ」とぞ 名付きます』
このことから古代の「キミ」という言葉は、実は「木実」からきているのであって、「男女一体」を意味し、『君(きみ)』の真の語源だったのです。またそのことは我ら日本人先祖の夫婦神であるイザナ・ギ(木)とイザナ・ミ(実)にも当てはまります。『キミ』とは『男女一体』、別で言えば『夫婦和合』のことを意味しています。そしてこの言葉は天皇・皇后両陛下のみならず我々国民の夫婦たちのことも指しているのです。
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君が代と夫婦和合(1)
皆さんは国歌の「君が代」をどのように考えていらっしゃっているのでしょうか。その歌の意味について、あまり深く考えたことがないと思う人が多くいらっしゃるのが真実ではないかと思います。
私は小さい頃からよく聾学校で何度も「君が代」を歌う練習をさせられたり、学校行事において必ずといっていいほど生徒全員で君が代を斉唱させられたりしたものでした。当時学生だった私はその歌を歌うことに対して、特に何の疑問を持たず、先生の言われるままに漠然といった感じでいつも歌っていました。当時は先生から「君が代」の歌詞の意味、その歌の起源について詳しく教えてもらったことがありませんでした。それは先生たちもその君が代のことをよく知っている人は誰もいなかったからだったのではないかと思います。おそらく先生たちも先人たちも代々「君が代」の意味と重要さについて受け継がれていなかったのではないでしょうか。
私が自分でその意味について考えるようになったのは10数年前の頃だったと思いますが、その頃は、国は全ての学校に「君が代」の国歌を斉唱することを義務付けるかどうかで国会で盛んに議論され、何度もニュースにその話題が上った時期がありました。それを受けて私も私なりにその君が代の意味を解釈してみたわけです。
君が代は 千代に八千代に さざれ石の
巌(いわお)となりて 苔の生(む)すまで
歌を見てみると、これは5・7調の短歌になっていることがわかりますね。
まず「千代に〜むすまで」の歌詞の意味を私なりに解釈すると、「磯に打ち寄せられる波の力によって、転がされやすい小さな小石が寄り集まり、やがて波を打ち返すほどの大きな巌となって苔が生やすほどになるまで千年も八千年も続きますように…」となります。そして「君が代は」の『君』とは天皇のことを指しています。そこから歌全体の意味を考えると次のようになります。
『天皇が治める世の中は、小さな小石が寄り集まって大きな巌となるごとく、末長く続きますように』
そういう風に考えると、この歌は「日本の治世が末長く続きますように」と言う意味のようですが、一方天皇に対する敬愛心と忠誠心が強く表れているように感じられます。今の憲法では天皇は日本の象徴として、多くの国民に親しまれていますが、戦後以降は天皇の治世から国民の手による政治へと変わってきています。
この国歌は明治時代初期に、当時天皇の治世のときに初めて全国民に発布された国歌で、それは今日に至っています。しかし天皇の治世でなくなっている現在において、国歌の内容が今の時代にそぐわなくなっていることに引っかかり、疑問を感じたのです。またこの歌は末長い治世への願いがこめられているようですが、天皇に尽くす、天皇を褒め称えるための歌であるようにも感じられます。(あくまで私なりの解釈ですが。)この歌では私たち日本人としてのアイデンティティが見えてこない、日本人としての誇りが感じられない、何のための国歌なのか曖昧に感じています。
そう考えると国歌の意味と歌うことの大切さがわからなくなってしまって、私としては国も国歌の内容をあらためて見直すべきではないか?と思ったのです。
ところが、数年前たまたまある本を読んで、とてつもない衝撃を受け、それまで敬遠していた「君が代」に対する考えがガラリと変わってしまったのです。
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性交とは正行なり(2)
(1)から先にお読みください
「古事記」あるいは日本神話を読まれた方はご存知だと思いますが、神話の最初に登場するイザナギとイザナミという日本最初の夫婦神が国生みをするために、最初の儀式として「ミトノマグワヒ」という世界で初めての性交が行われました。古事記には、そのときの様子が美しく描写されています。
天の浮き橋からオノコロと呼ばれる島に降り立った二神は、結婚された後、天に突くほどの「天の御柱」の前で2人は互いに向き合いました。その時2人とも一糸もまとわぬ全裸で向かい合っていました。ここで最初に男神のイザナギは、女神のイザナミに尋ねます。
イザナギ:「あなたの体はどのように出来ているか?」
イザナミ:「私の体は大変よく出来ているのですが、ただひとつだけ足りないところがあるのです。」
イザナギ:「私の体も大変よく出来ているが、ただひとつだけ成り余っているところがある。そこで余っている部分を足りていないところに挿しいれて、国生みをなそうと思う。」
イザナミ:「それはいいことですね。」
そして、2人は互いに「天の御柱」を歩き巡った後、世界初めての性交が行なわれました。そして、女神イザナミからそれぞれの役割を担った多くの神々が生まれ、徐々に国を整え、豊かになっていったことが書かれています。
美しい表現ですね。そこに快楽やエクスタシーというものは一切なく、ただ国の“創造”のための神聖な儀式として夫婦の交合が行なわれたということがわかります。これほど性交のありさまを美しく表現されている神話は、世界中の神話を見渡しても日本だけなのです。これは日本人として世界に誇ってもいいほど、世界で一番美しい神話であると思うべきなのです。
詳しく知りたい方は「古事記ものがたり」(小林晴明・宮崎みどり著 2002年サン・グリーン出版発行)を読むことをお勧めします。この本は誰でもわかりやすいように易しい文章で綴られています。
ところが、日本が戦争で敗れ、アメリカの占領政策によって神話が教育から排除されてしまい、それは今日に至っています。そのため、性交は本来神聖な儀式であったこと、その目的と重要さについて日本人の間で忘れられてしまっています。今、日本が少子高齢化現象になってきているのは、その日本神話を教育から取り除かれてしまったことが一因になっているからではないでしょうか。このまま行けば、本当に日本は空洞化してしまい、国として成り立たなくなってしまうでしょう。
ある人は言っています。「神話を忘れた民族は滅びる」と。これは真実だと思います。また日本人としてのアイデンティティをまともに考えるならば、日本の歴史をさらに神話までさかのぼってあらためて見つめ直す必要があると思います。さらに日本の未来の繁栄を正しく考えるならば、まず日本人に神話を取り戻すことが非常に重要であると考えるべきです。
次回は国歌の「君が代」について述べることにしますが、実は性交とつながりがありますので、是非次回もお読みいただきたいと思います。
いつもありがとうございます。
性交とは正行なり(1)
今回は“セックス”というものについて、私なりに考えていることを述べてみたいと思います。セックスとは日本語で言えば「性交」と言って、言葉通りに男と女が交わって一体になる状態のことを言いますね。
ところでセックスの目的って何でしょうか?高校のときに、講堂で性教育の一環として“セックス”というテーマで先生からスライド付きで講義を受けたことがありました。当時、私は耳が聞こえていなかったからどんな話をされていたかまったく分かりませんでしたが、スライドの絵図を見るだけでも“セックス”とはこういうものだということをある程度理解することは出来ました。要するに“セックス”すなわち“性交”の究極の目的とは子作りにあるということなんですね。
でも当時10代の私にとって、性交の重要さをまだ理解していませんでした。当時はよくあちこちに “快楽”や“エクスタシー”などを求めたセックスが描写されたマンガ、アニメ、小説、アダルトビデオなどがかなり氾濫していたり、あちこちにたくさんのラブホテルが建てられ、セックスを利益のためのビジネス手段として使われたりしています。
その頃思春期の真っ最中であった私はセックスに“快楽”というものに憧れていました。というか欲求的満足感を求めていたのは確かです。「なにもこんなふしだらな話を…」と不愉快に思われるかもしれませんが、誰でもセックスという行為に快楽またはエクスタシー、欲求的満足感を求めることは自然なことであって、決して不思議なことではないと思います。
しかし、社会を見てみると、いかにセックスすることで快楽とエクスタシーまた満足感を得られるかのみを求めるためにセックスが氾濫しすぎていて、それが様々な問題に発展するケースが多く見受けられています。また昔では夫婦としての契りを交わした後、寝床で性交することが聖なる儀式であり、そのような風習が多かったのに、今では結婚の有無にも関わらず、男女は自己満足のためにのみお互いを求めて行われることが多くなってきています。
そこで“性交”という言葉をあらためて見直してみたいと思います。よみがなをそのまま、いろいろな漢字で表現してみましょう。“性交”を“正行”とも読み、性交とは正しい行いであり、また“聖交”と読み、聖なる交わりであり、また“聖光”と読み、聖なる光であると考えることが出来ますね。また性器を“聖器”と読み、身体の部位の中でも聖なる器であるともいえます。
考えようによっては面白い捉え方をすることはできます。しかし、性交とは元々創造の原理に基づいていますから、これは真実だと思います。自然の理を考えてみれば、男女が交合しあい、母のお腹の中で生命が誕生し、育まれ、やがて子供を生むことほど、神秘的でかつ聖なる行為は他には見当たらないと思うからです。
そういう意味からして、大昔から性交を神聖視する人々が大勢いたのではないかと思います。昔に各地で性信仰が盛んに行われていた痕跡が多く見られていますが、それほど性交を聖なる行為であると考える人が大勢いたという証だったのではないでしょうか。
そこで日本神話に書かれている、「ミトノマグワヒ」という世界で初めての性交について触れてみましょう。
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山の思い出から(2)
(1)から先にお読みください
今でも、山々が削り取られ、私たちの前から徐々に森や植物、小動物などが姿を消していくのです。それだけに、人々が自然と触れ合う機会が少なくなった、特に現代の子供たちが自然の中で遊んだり楽しんだりする機会が少なくなったことはきわめて残念なことだと思います。近頃よくニュースで見かけますが、子供が親や友達を傷つけたり殺したり、成人式では毎年のようにあちこちの会場で新成人たちが暴動を起こしたり…昔では絶対に考えられなかったことが、現在では毎日日常茶飯事のようにあちこちで頻繁に起きるようになってきています。
何故でしょうか?学校や家庭教育のあり方などをもう一度問い直し、その問題に真剣に取り組んでいる人が多くなりましたが、私には自然とのふれあいが減少してしまったために、本来子供たちに養われるはずだった豊かな感性が欠けるようになってしまったからではないかと、そんな風に思えてならないのです。多分、子供たちの心の奥深いところで(無意識に)“神”あるいは“不思議”というものを見る(感じる)機会が徐々に失われていったのではないでしょうか。
前回の「川の思い出から」にも述べましたが、私たち世代は次世代の子供たちにいったい何を残すべきかについて、考え、実行に移すことが私たち世代の責務でもあるのです。いつまでも人は皆自然に触れるたびに、無意識に自然の向こう側に存在している“不思議”を味わえるように、人間に恵みを与えてくれている大自然というものを大切にしていかなければいけないと思うのです。
では子供たちの豊かな感性を育つために、また美しい大自然を取り戻すにはどうしたらいいのでしょうか。自然を保護する、自然との共生を目的に、様々な活動と取り組みが行われるようになってきていますが、一番大事なことは常に大自然に対する“感謝”という想いなのではないでしょうか。
“大自然から様々な恵みを得ているおかげで私たち人間は皆生きていける”からこそ、そのことに気づき、誰もが毎日感謝出来るようになれば…と思うのです。また人間というものは、本来周りに存在するもの全てに“愛・感謝”をもって奉仕する姿勢を持って生きる存在であることを、この21世紀において再認識し、そして忘れてはならないことだと思います。
何故ならこの21世紀は、今までのように金儲けや戦争、自然破壊などに奔走する時代ではもはや無意味になりつつあって、これからの新時代に相応しく誰もが無償で“愛・感謝”の想いをもって、周りの全てに“奉仕”する時代に変わりつつあるように感じているからなのです。別の言い方をすれば、“人類の意識向上”の時が訪れつつあるように感じています。今、日本も含めて世界中では、そのような時代の到来を感じつつ、近い将来に誰もがそれに相応しい生き方が出来るように、様々な活動に取り組んでいる人々が増えてきているのです。もし、“愛・感謝”の心にそぐわないで、今までのように自己本位で自己利益のためのみに追求しようとし続けるならば、これからの新しい時代にはきっと生き残れなくなってしまうでしょう。
大自然というものも愛・感謝の対象の一つです。そのような姿勢と感謝することの大切さを、次世代の子供たちへ、代々にしっかりバトンタッチすることが出来たら、いつかはやがて美しい大自然を取り戻し、子供たちの感性も豊かに増していく、社会も地球も徐々によくなっていくに違いないのだと私は信じたいと常々思っています。そうしなければ、いつか近いうちにきっと大自然から“天変地異”という形で我々人類に大きなしっぺ返しをくらうことになってしまうかもしれません。
いつもありがとうございます。
山の思い出から(1)
前々回の初めにも述べましたが、私は実家は山に囲まれていて、実家の前に森がありました。小さい頃からよく母親と弟と一緒に森へ虫取りに行って、よくセミとかカブトムシや蝶々を捕まえたりしたものです。また裏山の向こう側では、田んぼが広がっていて、春になって行くときに、田んぼの中で泳いでいるおたまじゃくしをたくさん捕ってきたこともありました。ザリガニやアメンボもよく見かけました。また、おたまじゃくしを学校に持っていって、同級生たちと共にカエルになるまでの成長過程を眺めたり…。他にも、アリの群れ、カタツムリ、尺取虫、アマガエル、カマキリ、バッタ、てんとう虫、ダンゴムシ、アゲハチョウ、モンシロチョウ…。他にも聾学校の裏にある小山でお昼休みによく遊んだり、お化け騒動があったり…。本当にいろいろな小動物を観察したり眺めたり出来たことは、子供の頃の私にとって大変貴重な経験をすることが出来たと思っています。小動物だけでなく、植物や木もよく観察しました。(木登りは苦手でしたけれど)。
私は小さい頃から身近にある森遊びをたくさん経験したおかげで、子供ながらにそれら自然の奥深くに「不思議」、あるいは「神」というものを少なからずとも感じ取っていたのです。ただ純粋に「どうして木や植物があって、いろいろな小動物が見られるのだろう?」、「誰がこんな美しい自然を作ったのだろう…?」と不思議な気持ちでずっと眺めていたのです。山だけではありません。川も海も太陽も月も星々にもそうでした。
ところが私が大きくなるにつれて、あちこちの山々を削り取られ住宅街にされたり、道路が広く整備されるときに木々が切り倒されたり、マンションやビルなどが建てられて空を眺めるスペースが狭くなったり…。徐々に人間たちが自然と触れ合う機会が失われていくのは本当に悲しく思いました。私の身近なところでも悲しい出来事をいくつか経験しました。
まだ独身で1人暮らしをしていた頃、アパートから駅に向かう途中の空き地で毎年の夏にアジサイの花が美しく咲かせていて、いつも通って眺めるたびに「ああ、今年もきれいに咲いているな。」と、心を潤わせ、また気分を新鮮にさせてくれたものです。ところが、その空き地にアパートが建てられることになり、空き地一面がコンクリートで敷き詰められてしまい、ある日通っていたらそのアジサイの姿が消えていました。もう美しいアジサイの花が見られないと思うととてもさびしく思ったものです。
他にアパートの近くに木々がたくさん生えているところがあったのですが、道路拡大整備工事のために、たくさんの木々が切り倒されていくのを見て大変なショックを感じました。多くの切り株が見るもずさんな姿で残されているのを見るたびに、彼らは「痛い!痛い!」と悲しく泣き叫んでいるように感じたのです。そんな悲しい思いをさせられたのは、1度や2度だけではありませんでした。
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川の思い出から(2)
(1)から先にお読みください
以前に私は「水からの伝言」写真集(http://www.hado.comを参照)を読んで衝撃を受けました。簡単に言えば、日本や世界各地のさまざまなところで採取した水を凍らせてそのときに出来た、水の中の微小な結晶の姿を顕微鏡カメラで撮影した写真を編集、掲載されたものが紹介されています。
例えば美しくて美味しく飲めるとの定評のある名水や川などから採った水の氷結結晶写真は、それぞれ本当にうっとりするような美しい姿を見せてくれていました。特に「愛・感謝」の言葉を数時間水に見せた後、その結晶は、とても美しくちりばめたダイヤモンドのような輝きを見せてくれています。
一方、都会のとある水道水の氷結結晶の姿はみにくく歪んでいて、きちんとした形を保っていませんでした。見るからしておどろおどろとしたおぞましい姿をしています。
私はとても感動しました。誰にとっても切っても切れない縁というか、私たち人間に深く関わっている、ごく身近な“水”の奥深いところに何か計り知れない神秘と不思議というものを感じたのです。ただの水なのに、何故そんな不思議な力があるんだろうかと思いました。
実は何年か前に某テレビで見たのですが、水の研究に携わっている水博士に言わせれば、“水”という正体について実は何一つもわかっていないのだそうです。本当に不思議ですね。
私たち人間の体内約70%が水分で出来ていますし、第一水がなければ私たち人間も動植物も生きていけません。それだけずっと大昔から人間は水に深く関わってきたのに、何一つも水のことがわかっていない…。「水からの伝言」を通して、私は初めて水に親しみと感謝の気持ちを持つようになったのです。
そして今汚染されつつある世界中の水を、地球を少しでも昔のような美しい地球を取りもどすお手伝いがしたいと徐々に思うようになりました。それには私たち人間が身近に出来るところから始まるのだと思います。
私としては、まず水を無駄に使わないようにすること、そして毎日水のおかげで私たちは生きていけることをしっかり自覚して、水に感謝の気持ちをささげるようにしています。先にも言ったけど、人間もほとんどが水なんですよね。だから周りにある水だけでなく、人間にも感謝しなければ!と思うのです。「水からの伝言」写真集を実際に皆さんもごらんいただければ気づくかもしれませんが、「愛・感謝」の言葉を見せれば水(結晶)は美しく変われるし、逆に憎しみの言葉を見せればその水は穢れてしまうのです。人間も同じようなことがいえると思います。
私が言いたいのは、人は誰でも自分を変えていくのも周りの人を変えていくのも自分の“想い”次第なのです。例えば、自分が快く思っていない人間に対して、無視したり ののしったりするのではなく、逆にいつも感謝することで相手は本当に良い人間になることが出来るかもしれません。これは単なる私の推測ではなく、実際にあちこちに“感謝する”ことで、そのような現象が起きている事実を本で報告されているのを読んだことがあります。
ですから、皆さんも毎日“水”を大切に使う、水だけでなく周りの人にも感謝の気持ちをささげるといった習慣で生きるようになれば、いつかは自分の周りの水も美しさを取り戻す、安心してきれいな水が飲めるようになる、人間関係もよくなるでしょう。それこそが 私たち世代が次世代の子供たちへしっかりバトンタッチするための“最も大切な仕事あるいは習慣”なのではないかと思うのです。
今では遠い田舎などに行かなければ、川遊びや水の美しさ、素晴らしさを味わうことは出来ないし、都会ではごく限られた場所でしか味わえません。次世代の子供たちや孫たちも昔のように、自分の身近なところで川、池、湖の楽しみや美しさを味わい、楽しめるように、上述した“習慣”を身につけることが必要だと思います。
水といえば、ヘレン・ケラーの伝記を思い出してしまいますね。ある朝、館の庭でサリバン先生がヘレンの手を取って井戸水を流しながら、何度も手のひらに「W・A・T・E・R」とくり返し書き綴っていた場面をご存知でしょう。それがきっかけに盲ろう者のヘレンは、ついに「いろいろなものにそれぞれ名前があるのだ」という事実に気づいて感動されましたね。これも不思議な水の為せる業のおかげだったような気がしますね。
水のことを考えれば考えるほど、“水”はもしかしたら、神の生き写しかあるいは人の心を写す鏡のようなものかもしれません。
今日も水に感謝しましょう!
いつもありがとうございます。
川の思い出から(1)
私は小さい頃からちょっとした山間の町の中で育ってきました。まだ幼いごろは家のすぐ前には小さな小川が流れていて、私のおぼえている限り、あまりきれいな川であったとはいえませんでしたが、川カニがまだ生息していたことを覚えています。
私は中学までよくこの川沿いに道を歩いて学校に通っていたものです。私は生来のドジな(?)性格のせいか、よくボケーッとしたり、なにかあれこれと思いふけっていながらしっかり前を見ないで歩くといった変な(?)くせがありました。だから、小学生のときにその変な癖のせいでうっかりして川にドボーン!と落っこちてしまったことが2度ありましたね。(笑)ズボンがびしょびしょになってしょんぼり、首をうなだれたままとぼとぼと家に引き返すわ、母親にこっぴどく叱られるわ、登校時間に遅刻するわ、同級生たちに笑われるわでもう散々でした。そして、その数十年後の結婚披露宴のとき。出席してくれた元同級生がそのことをよく覚えてくれていたので、スピーチで「朋亮さんは2度川に落ちましたね。」と堂々(?)と私のドジぶりを披露!(f^_^;;;)もう式場は大笑い!(元同級生さん、ありがとうございました?(*>_<*))
そんなドジな思い出(f^_^;)の川も、私が大きくなるにつれて、道の整備と共に川はコンクリートの下に埋設されてしまったのです。「これで落ちなくてすむぞ!」なんて子供心ながらに喜んでいたものでしたが、今思い出してみるとやはりさびしく思えます。
他にもいろいろな思い出がありました。ハイキングで丹沢地方へ川遊びをしたり、鮎取りをしたり、川の流域近くでキャンプして泳いだり、また真夏の夜では田舎の美しい川原でホタルを見たり…。きれいな川って、子供にとっても大人にとってもかけがえのない存在なんですよね。ほんの昔までは高度経済成長が進み、土木工事が盛んに行われてあちこちにダムが作られたり川が汚染されたり魚が取れなくなったりすることが多かった、その光景をテレビで見るたびに悲しく思っていたものでした。
でも、ずっと大昔から人々との関わりが深かった川や池、湖などを私たち人間が汚染し続けてきたのだと思うと、かえって自分自身が恥ずかしく思ってしまいます。貴重な水を汚しておいて、私たち世代は次世代の子供たちや孫たちにいったい何を残せば良いのか?と問いかけたくもなります。
人間は今までに自分の生活のために水をどんどん使い、水をいかに大切に扱うべきかを深く考えないまま捨ててきたのですから、川や海がどんどん汚れていくのは当然です。かくいう私も同じでしたから、あまり人のことは言えませんね。
ほんの10数年前までは、日本は水に恵まれた国で誰もが水は安全に飲めると思っていたことが、今ではすっかり変わってきています。どこの家庭でも水道水は安心して飲めない、代わりにミネラルウォーターを買って飲んだり浄水器を購入したりする家庭も増えてきました。そういう意味からすると、人は皆誰もが「水」というものの大切さに徐々に気づくようになってきているのではないかと思います。幸い、今ではようやく水の汚染問題と浄化に取り組む人や団体が増えてきています。
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はじめに
初めにこのタイトルを見て、「…真理の探求〜???何だそりゃ〜?」なんて思われるかもしれませんね。何故、私はこんなタイトルをテーマに書こうとしたのか、不思議に思われる方もいらっしゃると思います。盲ろう者のこととは全く関係ない話ですね。
でも、私は幼い頃からずっと“大自然”というものを多く体験しながら、その向こう側に常に潜んでいる“神と不思議さ”を何度も純粋に感じていたのです。そういう思いがあって「宇宙の真理とは何か?」「神とは何か?」「“生きる”とは何か?をの目的は?…」その疑問を子供の時から徐々に考えるようになっていったのです。これは多分私だけでなく、誰もが生きる上でその存在と目的について自分なりに探求しておられる方も多いと思います。
私は宗教とかには全く関心がありませんし、その関連団体にも入っていません。また道で「アナタハ神ヲ信ジマスカー?」なんて聞かれたりするのは嫌いだし、宗教関係の人が家宅訪問して勧誘を進めるようなやり方に対しても全く迷惑な話なのです。私も家族や周りの人に対して「ああしてやりなさい!」とか「こういう方がいいですよ!」など勧める気はさらさらないのです。ただ、個人的に純粋に“神”とは何かを自分なりに探求しようとしているだけなのです。例えば、あなたにこう質問します。
『どうして私やあなたはこうして存在しているのでしょうか?また何故私たちは人間なんでしょうか?』
その問いに答えられる人はいますか?おそらく皆無でしょう。その存在することの不思議さについて、皆さんは気づいているのでしょうか。私は今でもその問いに対して不思議を感じたり、いろいろと熟考したりしています。
そういう風にして、大自然や世の中の様々な出来事の向こう側に存在する“何か目に見えないもの”あるいは“不思議さ”について、私のさまざまな体験や感じたことを通してお話してみたいと思っています。でもそんなに堅苦しい話ではなく、大自然とのふれあいや学生時代、青春時代などのストーリーを綴りながらこの“世界と不思議さ”を皆さんとともに探求していって見たいと思います。
まあ、このページは私の“つぶやき”または“ひとり言”だと思ってくださればありがたいです。
いつもありがとうございます。