新連載 江本勝の世界循環旅日記!! (不定期更新)

世界初の水の氷結結晶写真集『水からの伝言』を出版し、お蔭さまで世界中、たくさんの方たちに支持されています。その後、「ぜひお話を聞きたい」「講演をしてほしい」などの要望が多く寄せられ、国内はもとより海外での講演・セミナーが増えてまいりました。そこで思うところあって、今日からワープロのキーをたたく時間のあるときに、つまり不定期に、主に私のセミナー活動を中心としての報告や感じるところを書き綴り公開することとしました。  
ところで、ビデオ「水からの伝言」はご覧になっていただけましたか? 自分で言うのもなんですが、非常に良い仕上がりです。構成もGOOD! 新聞広告などで使ったキャッチコピーは「水が伝えるメッセージには、世界を変える感動がある」。みんなで世界を良い方向にシフトするようにメッセージを送ろう!!
−江本勝−

特別篇 江本勝の、愛と感謝の循環旅日記スペシャル
波動時評 江本 勝のセミナーだより (月刊 Hado 2003年1月号より)

毎日祈ったら イスラエルで8カ月ぶりの雨が降った!
 10月30日に成田を発って、ロス、からブラジル、リオに入って、ウォーターパークに到着。
 ウォーターパークはブラジル政府によって建設された12の泉のある公園。50年前まではお水を飲む湯治場としてたくさんの人々が集まった場所……までの日記は先月号、今月はここからスタートです。

11月 3日(日)ブラジル リオ

 11時からウォーターパークのそばにある研修センターのようなところでセミナーが開かれる。地元の人約30名が出席。私の下手な英語をフランクリンさんが上手にポルトガル語に直して通訳してくれたので大変スムースに進行することができた。十分な手ごたえがあった。
 午後20キロほど離れたもう1つのウォーターパークに行く。この周辺にはなんと4つのウォーターパークがあって、泉の数がそれぞれ6、7、9、12あるそうだ。今日行ったのは7のほう。しかし、1つの泉が枯れていて6カ所しかなかった。
 じつはそれが問題であったのだ。このウォーターパークがヨーロッパの大手食品会社に売られてしまって、公園の敷地内になんとも無粋なミネラルウォーター工場ができて、毎日のようにポンプで水をくみ上げた結果、1つの泉が枯れてしまったというのだ。
 今年36歳になるフランクリンさんは、これらのウォーターパークが大好きだった。しばしばこの地をリオから訪れられるようにアパートを近くに借りているほどである。その内の1つが外国の企業に売られてしまった。このままではほかの3つの公園もどうなるかわからない。何とかしようということで、彼は行政の中心である首都ブラジリアに”水に関する市民意識の高揚ムーブメント“を組織し、内外の水に関する識者を招いてはイベントを企画していたのである。
 夕方の5時ごろその公園を出発して、400キロ先のリオのホテルまで山道をひた走る。来年はもう60であるからして、さすがにこたえる。ホテルについたのは10時を回っていたが、何とか夕食の時間に間に合った。世界平和運動を行おうと思う人は、まず体を鍛えておくことをおすすめする。

11月4日(月)ブラジル ブラジリア
 朝9時の便で首都ブラジリアに行く。夕方7時30分からセミナーが予定されている。じつは今回のブラジリア行き、誰が主催者で経費関係がどうなっているのかまったく知らされてなかったので不安であった。ところがホテルで私たちを待っていたメンバーに紹介されてその不安は消し飛んだ。なかなか立派な肩書きを持った方々ばかりであったからである。私の何人ぐらい来るのかという問いに対して、フランクリンさんは、
「100人くらいでしょう」と言っていたが、とんでもない。会場は国の農林研究所の一角の立派なホールでなんと定員を超える350名もの人が来てくれて、立ち見も出るほどの盛況となったのである。
 がぜん張り切った私は熱弁を振るった。おかげで、最後は押し付けではないスタンディングオベーションで幕を閉じることができたのである。その後の質疑応答もいつまでも終わりそうになかったので、まじめな顔をして、「ところで私のほうからの質問なのですが、ブラジリアのレストランは夜遅くまで開いているのですか」と切り出したところ、爆笑裡にようやく長いセミナーは終わったのだった。
 翌日、環境関係の番組をやっているテレビ局のスタジオで2時間あまりのインタビューを受ける。前日の3時間に及んだセミナーの内容も全部収録しており、期待のできる番組ができそうだ。今年の暮れに放映されるとのこと。
 これでブラジルにも強烈で、すがすがしいカルチャーショックを与えることができたように思う。

11月5日(火)ブラジル カンポグランデ
 午後の飛行機でブラジリアからカンポグランデというところまで行く。サンパウロから1200キロほど北にある、ローカル飛行場である。そこにアニューブラジルの松本さんが待ち受けていた。飛行機のタラップを降りたところで係官に、「江本さんですか?」と聞かれ連れて行かれたセスナ機の飛行場のところに彼はいた。
 妻は「エ〜っ、この飛行機に乗るんですか!」と早くもパニック状態。昔グランドキャニオンで、大変恐ろしい体験をしたようで、セスナ機に対しての免疫がまだ低いようである。
 しかし、妻の予想に反して30分ほどのまったく問題のないフライトの後、私たちはアニューブラジルの自然農場に到着した。そこに待ち受けていたのがナチュラルグループの総帥、橋本幸雄会長だった。
 じつは今回のブラジル行きは橋本会長のご招待により実現したものである。橋本会長は日本で約30年ほど前から自然食品店アニューを展開され立派な理念のもとに、日本のみならず、ブラジル、アメリカ、東南アジア、台湾、中国などで、
アニュー運動
1.廃食品公害 
2.子孫の繁栄を考えた食生活改善運動
3.環境の回復を願っての緑化運動
4.対話による人間関係の復活
5.自然食療法による
  健康センターの設立
を展開されている大変エネルギッシュでやり手の実業家だ。
今から8年ほど前にその事業理念の柱として”波動“を取り上げられて以来のおつき合いだ。
 山手線の中と同じぐらいの広さを持つ広大な農場で2日ほど久しぶりにのんびりした後、私たちは今回のご招待の目的地である観光地、フロリアーノポリスに向かった。アニューブラジルの代理店大会の講師として、2時間ほどのお話をするためである。

11月9日(土)

 まるで南フランスのリゾートの豪華なホテルのような会場で私のセミナーは午後4時からスタートした。500名がぎっしりと詰まったイベント会場、サンバの快適なリズムが流れる演出のなかで、割れるような拍手のもとに私が紹介された。もうすっかり乗っちゃった私は力強く2時間半にわたっての大演説、もちろん会場が1つになってのスタンディングオベーションで終わったことはいうまでもない。ブラジルはでかくすごい可能性のある国だ。

11月13日(水) アルゼンチン ブエノスアイレス
 前日のお昼ごろサンパウロをたってアルゼンチンの首都ブエノスアイレスへ。空港には前回ウルグアイに来たときにお会いしたダナさん(フラワーオブライフのデュランバロ先生のお弟子さん)と通訳の青年ニコラス君が待っていた。相変わらず強烈なダナさんのハグの後、私たちはホテルへ向かったが、ホテルに着いたら大事なスーツケースが1個足りない。飛行場の玄関のところにおいてきてしまったのだ。私は疲れていたので荷物担当の妻とダナさんたちが約40分かかる道のりをまた戻り、探しに行った。
 大不況といわれているこのブエノスアイレス、もうダメかもしれないと思いながら彼らは戻ったのだが、私はなぜか必ず出てくるであろうという予感があった。そしてそれはその通りとなった。ダナさんがアンビリーバブルといいながら荷物を手にして帰ってきたのは、何だかんだと2時間後であった。2000年の3月以来、もう15回目ぐらいのセミナーツアーだが、いろいろトラブルに巻き込まれかかるが、結果として何も無い。どうも神様に守られているような感じがする。
 しかし、今回はもう1つの大きなトラブルが発生した。翌日セミナー会場の日本庭園のホールに行って、準備をし始めたら、急に妻の顔がくもり始め、なにやら必死の形相となってゴソゴソとバッグの中を探している。「どうしたの?」と聞くと「連結コードが無いんです」という。 
 「えっ、それは大変だ」コンピューターとパワーポイントを連結するコードが無いということは、スライドを上映することができないということだ。結果的に無い。前のサンパウロの会場に置いてきてしまったようだ。「ほんとにもうー、いつもこうなんだから」と思いながら、ここは冷静にと自分の態勢をつくり直す。 
 カルロス君のお兄さんでダナさんのビジネスパートナーであるゴンザレスさんを呼んで事情を話し、何とか市内のコンピューター屋さんでその部品を探してきてもらうようにお願いする。そのとき、セミナー開始40分前。ゴンザレスさんにすべてを託し、あとは神に祈るしかない。
 彼が探し求められなかったときのことを想定しながら私はセミナーを定時にスタートした。幸か不幸か、来場者が50人ちょっとしかいない。最悪の場合、コンピューターを2つ持ってきているので、それを妻と、カルロス君に掲げてもらうことにして始めたのだ。
 いつもより前口上を長くし30分ぐらい喋った。と、そこにゴンザレスさんが戻ってきた。ちゃんと部品を手にしている。でも何せここはアルゼンチン、適正な部品かどうかは分からない。妻が緊張した面持ちで連結する。「繋がった!」 またまた、神に守られたのだ。
 何かハプニングが起き、それが何とか、しのげたときはお互いの人間関係がより深くなる。ゴンザレスさんとカルロス兄弟はこれからも私と仕事をしたいと、強く握手を求め、それが印象に残ったブエノスアイレスでのセミナーであった。
 ちなみにブエノスアイレスとは「きれいな空気」という意味だそうで、確かにサンパウロやリオデジャネイロと違って悪臭はなかった。しかし排気ガスの量は少なくないようだった。それに私には、うわさされるような経済の混乱は感じられず、国民的底力は充分にもっているように感じられた。

11月18日(月) フランス パリ
 14日にブエノスアイレスをたってサンパウロ経由でパリに向かった。合計14時間のフライトはさすがにきつい。
 パリ・シャルルドゴール空港には通訳のロベール君が出迎えてくれた。現在パリ大学の大学院で物理学を専攻しているという。通訳の経験はないようだが2歳から8歳までお父さんの仕事の関係で京都に住んでおり、帰国後も日本語を忘れないように日曜学校などに通っていたそうだ。28歳のなかなかの好青年。
 翌16日は私たちの34回目の結婚記念日、ちょうど何のスケジュールも無かったので2人だけでパリ見物を決め込み、夜は一流のホテルでの食事、久しぶりにロマンチックな気持ちでくつろぐことができた。これだけのきついスケジュール、いつも妻が同行してくれるからこそ何とかこなせる。仲の良いことは良いことだとつくづく思う。
 翌17日は、パリでのはじめてのセミナー、非常に重要な日だ。何故なら、結晶写真が一種のアートであるならば、パリはその登竜門であるからだ。パリの主催者はエッセンシャルオイルなどを販売している会社のご夫婦で、もうかなり『水からの伝言』を売ってくれている方々である。じつは最初11月17日だけの予定だったのがすぐに満席となったため、18日も同じ会場でやって欲しいと依頼があったので、いわゆる前人気は上々だったが、やはり当日までは心配だった。
 会場はパリ・デカルト大学の大講堂。2階席もあり見上げるような高い900名定員の大きな階段教室だ。この席が本当に全部埋まってしまうというのか。
 しかし、私はそんなことを考える間もなく猛烈に忙しかった。この日のためにオランダの波動パブリッシングが『水からの伝言』のフランス語版を出してくれて、それが会場に到着、それにサインをしなければならなかったからだ。1時間ほどサインをし続けているともう開演時間。幕間から会場を見るとびっくり、すでに2階席までぎっしりの超満員となっていたのだ。
 嵐のような拍手とスタンディングオベーションで幕となったのだが、私は本当に幸せ者だと身体がジーンとなった。とくにオランダの「波動パブリッシング」という会社は私たちの娘の会社である。最初の本は妻によって、今回のヨーロッパセミナーにあわせてフランス語版、オランダ語版、イタリア語版は一挙に娘によって出版されたのだ。こんな幸せ者はほかにどこにもいないだろう。その分多くの人に愛と感謝を届けなければならないと強く思う。
 翌日の夜8時から行われた2日目のセミナーも、予約は600人ぐらいだったのが昨日の反響が良かったのだろう、何とほとんど900人満席状態にまで埋まり、初めてのパリ、2夜連続の講演は大成功に終わったのだった。

11月21日〜22日 オランダ アムステルダム

 翌日パリを発って、娘のいるオランダ・アムステルダムへ、私的には初めての初孫を4ヵ月後に生んでくれる娘の陣中見舞い。公的には2つのセミナーに参加のためだ。娘はすこぶる元気。おなかがだいぶ大きくなったのでもちろん妊婦らしいのだが、それがなければまったく普通。いやそれ以上に仕事の面で大きな成果をあげて私を待っていてくれた。
 3年前に娘がオランダにいるということで『水からの伝言』をヨーロッパで普及する目的で「波動パブリッシング」という会社を設立し、娘に代表者をやってもらっているのだが、ここにきて、とても意欲的になってくれ、なんとフランス語版、オランダ語版、イタリア語版と立て続けに3つの本を出版してくれていたのである。これには私もびっくりし、感動した。
 初孫の妊娠の知らせを聞き、とてもうれしく思い、同時に仕事のほうはしばらくお休みさせなくては……、と思っていたからだ。やはり自分が母親になるという意識が仕事に対しての意欲を急に盛りあげたのだろう、女性とは凄いものだ。
 オランダでの2つのセミナーのうち1つは、その娘が企画したものだ。オランダ語版出版を記念して空港近くの一流ホテルでそれは行われた。折りしも昨日から、IHMトレーディングの尾竹君と次男の博正が合流、家族で外国でのセミナーを主催できるなんて、本当に幸せ者だとまたまた思う。
 22日にはハーグの先のデルフトというところにある、IHE(国際水教育機関)より招かれて講演を行った。行ってみて驚いたのだが、そこは主として南半球諸国の若い水関係研究者・技術者を養成する機関で、すでに50年近くの歴史を持つ大組織であったのだ。オランダの治水技術を世界の後進国の人々に伝授する機関だ。そしてその日は念願のユネスコへの傘下入りが決定したお祝いのセレモニーの日で、海外の要人としてはゴルバチョフ氏(実際は代理出席であったが)も招かれていたのだった。ほんとにもうびっくりすることが多い。
  
11月23日(土) ドイツ アイヒタット
 23日に今度は4人でオランダを離れて、ミュンヘンへ。空港にはコーハ出版社(私の本のドイツ語版を出版してくれている会社)のコンラッド社長が迎えに来てくれていた。いよいよ今回のメインテーマ、ドイツセミナーシリーズの始まりである。
 23日はミュンヘン空港から北へ150キロほどにあるアイヒタットという人口14,000人しかいない町でのセミナーであった。マニュエラさんという女性が熱心にセミナーを開きたいというメールを私に直接送ってきてのご縁で開催されることになったのだが、来て見てびっくり、本当に小さな田舎町であったのだ。そういえばコンラッドさんが「江本さんはどうしてアイヒタットなんかでセミナーをやるのだろう」と言っていたのを思い出した。
 果たしてこんな小さな田舎町でいったいどれだけの人が集まるのだろうかと心配になってきたのだが、セミナーの開始時間である夜の8時には、どこからともなく人が集まってきて、なんと500人収容のホールがいっぱいになってしまったのには驚いた。この町には14もの大きな教会があり、そのうちの1つは、いわゆる、HOLY WATER(癒しの水)で有名で、信心深く、水に関心のある方が多いことがしのばれ、セミナーも感動のうちに終わったのだった。
 セミナーを開くとき、その町の大きさなどが基準となるのではなく、やはりオーガナイザーの人柄、熱意によるものだということをつくづく教えられたのだった。

11月24日(日) ドイツ アウグスブルグ
 今日はいよいよ波動シンポジウムの日。半年前にミュンヘンを訪れた時にコンラッドさんたちと相談して日本語の「波動」をそのまま冠したシンポジウムをやろうということになり、今日がその日なのだ。
 場所はアウグスブルグといってミュンヘンから北西へ300キロほどのところ。やはりどこでもそうだが主催者は会場探しに苦労され、ときにはだいぶ不便な場所を選ばなければならないときもあるようだ。
 コンラッドさんと、もう一人の主催者バウアーさんのご努力で、そのように遠方なところにもかかわらず、約900名あまりの人が朝からの波動シンポジウムに来てくれた。入場料も100ユーロ(約12,000円)と結構高いのに、ありがたいことである。
 スピーカーは私のほかに3人いて男性1人、女性2人の組み合わせ。まさに波動そのもののような人たちで、来場者は私の話も含めて1日を充分に楽しまれたようで、初めての試みは大成功裡に終了したのだった。
 とくに6時から行われた”水に祈る“の場面では、参加者全員がイスラエルに対しての雨乞いの言葉と祈りの発信をした。
 私の指導のもとに送られた参加者の真摯な波動は、翌日大変なニュースをイスラエルの友人からもたらすことになるのである。

11月25日(月) ドイツ フランクフルト
 朝、二日酔い(昨晩、波動シンポジウムの成功を祝って少し呑みすぎてしまった……)寝ぼけ頭でメールを開けると、水への愛と感謝プロジェクトの根本事務局長から二日酔いをいっぺんに醒まさせるようなメールが入っていた。
 2003年7月25日の水への愛と感謝プロジェクトのイスラエル側の協力者であるサリー女史からメールが入っていて、それは、
「昨晩、イスラエルに雨が降りました。もう8カ月もの間まったく雨が降らなかったのに。奇跡が起きました。皆さんありがとう!!」という内容だったのである。アーっ神よ! 
 アウグスブルグを10時の列車で発って、私たちはフランクフルトに向かった。3時間あまりの列車の旅はいつも思うのだが、なかなか快適だ。  
 駅には主催者の友達のロタ(LOTHAR)さんと、日本人の田島さんという方が迎えに来てくれていた。田島さんとロタさんは神慈秀明会を通して知り合ったそう、私も5、6年前からのおつき合いがあり、ここでもまたと、不思議な思いをした。
 ロタさんは先日までエジプトのカイロに出張で行ってこられ、現地で有名な水の研究者と会い、私の話になったこと、そして来週、私に会うと話したら、ぜひエジプトにも来てほしいと伝えてくれと頼まれたことを私に話してくれた。こんなふうにして、私の次の旅は決まってゆくのである。
 夜8時からのフランクフルトでの2回目のセミナーは350名の会場がいっぱいになり、みなさんお喜びいただいての幕となった。
 会場に着いたとき、いつもドイツのセミナーではいっしょにまわっているヨルク君の顔を見つけて、イスラエルの雨のことを話すと、とたんに顔がくしゃくしゃとなり、今にも泣き出しそうに「鳥肌が立ってきたよ」と言う。
 「ミスター江本の後をついてきてよかった……」と言い、その気分を噛み締めているようであった。 

 10月30日に成田を発って、ロス、からブラジル、リオに入って、ウォーターパークに到着。
 ウォーターパークはブラジル政府によって建設された12の泉のある公園。50年前まではお水を飲む湯治場としてたくさんの人々が集まった場所……までの日記は先月号、今月はここからスタートです。

★ 前回の旅日記 (^-^)v ★


★特別篇    2003年1 月20日発

★第十話    2002年12月16日発
★第九話    2002年12月11日発
★第八話    2002年12月 5日発
★第六&七話 2002年11月30日発
★第五話    2002年11月22日発
★第四話    2002年11月13日発
★第三話    2002年11月4日発
★第二話    2002年11月2日発
★第一話    循環旅日記 


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