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”一体全体私たちは何を知っているというの!?“ 映画のストーリー
マーリー・マトリン扮する主人公のカメラマンの女性は耳が不自由ですが、立派に仕事をこなしています。しかしいま1つ内面的にすっきりすることがなく、結婚にも一度失敗していて男性に対する不信感をぬぐえません。そんな彼女はひどい頭痛もちで薬が手放せません。ですからとてもきれいな方なのですが、いつも沈みがちで魅力があまり感じられないのです。
そんな彼女に不思議なことが起こりはじめます。ある日、町を歩いているとバスケットボールが彼女の目の前にコロコロと転がってきます。それを無視して通り過ぎようとすると”どうしてボール拾ってくれないの?“と子どもの声がします。
見ると道路わきにあるバスケットボールのコートに黒人の男の子が立っていて、ボールを放り返してほしいというような仕草をしています。彼女は面倒くさそうにそのボールを彼のほうに蹴り返します。しかしそのボールはすぐに、その少年から彼女に蹴り返されます。もっとまじめに手で放り返してほしいというような感じで。
彼女は少しムッとして、そのボールを今度は手に持って少し強く放り返します。でも、まだダメダメという感じでボールがまた返ってきます。……そんなやりとりが続いたあと、少年は彼女をコートの中に入ってくるよう誘います。でも彼女はためらっていて、なかなか入ろうとしません。しかしついに根負けしてコートに足を踏み入れた瞬間、スクリーン上ではバリアのようなものが映し出されます。つまりコートの外の”場“とコートの中の”場“とが、異次元となったというイメージです。
コートに入った彼女は、その少年の巧みな誘導によって、昔バスケットボールの選手であったころの自分を取り戻したかのように振舞って、一時の元気を取り戻すのです。が、それが終わって日常の生活に戻ると、頭痛がまた彼女を襲ってきます。
それは地下鉄の駅のホームでのことでした。薬を飲もうとして、そのビンを取り出した彼女は、誤ってそのビンを落としてしまいます。彼女は思わずホームに散らばった薬を拾い集めようとします。そしてその間に到着した列車は走り去ってしまいます。彼女は苦々しい気持ちで頭を持ち上げ、何げなくプラットホームを見やります。
そう、この時点で水の結晶写真は登場するのです。
”人の心、意識は水の結晶をも変えられるのですよ。だから、自分の意識で自分を変えられるのです“と。
その壁には「Message from Water」と書かれてあり、そのプラットホーム上には大きな結晶写真のパネルポスターが6枚ぐらい並べられています。そして眼鏡をかけた女性が、その写真について次のように説明しているのです。
「これらの写真は、日本の水の研究家 江本勝さんの研究所で撮ったもので、これは藤原ダムの祈りの前の写真で、これが祈りの後の写真、これがありがとうという言葉を見せた後の写真……」というように、きちんと説明が続き、愛の気を入れた写真(船井先生の)、「ムカツク・殺す」などの文字見せの写真が紹介されたのです。
彼女は電気ショックを受けたかのように立ちどまり、呆然と、しかし魅入られたようにそれらの写真を見続けます。そして彼女のかたわらに、学者風の先生らしき人がスーッと近寄ってきます。そして彼女におまじないのように言うのです。
”人の心、意識は水の結晶をも変えられるのですよ。だから、自分の意識で自分を変えられるのです“と。
(江本勝氏は映画には出演していませんが、HPで紹介されています)
江本氏の紹介 http://www.whatthebleep.com/scientists/#Emoto
そんなことがあってすぐのある日、彼女は今まで受けたことのない、結婚式の撮影の仕事に、しぶしぶ出かけます。そこでいやなことがチョコチョコあって彼女は不覚にもお酒を飲みすぎてしまい、悪酔いし、ハメをはずしてしまいます。その夜、彼女はうなされて寝ています。そしてその夢の中にまた地下鉄の駅で見た結晶写真が入れ替わり、立ち替わり出てきます。
翌朝、ひどい二日酔いとともに目覚めた彼女は、しかし何も覚えていません。そんなときドアの下から差出人のない郵便が届きました。彼女はそれを見て激しい自己嫌悪に陥ってしまいます。昨日の結婚披露宴での彼女の乱痴気騒ぎ振りを撮った写真がいっぱい入っていたからです。
彼女は鏡に映った自分をののしります。お前なんか最低だ! などなど。
しばらくそのシーンが続いたあと、彼女は水道の蛇口からポトリポトリと落ちる水を何気なしに見つめます。そして鏡の向こうにまたあの先生らしき人が現れて同じことを彼女に言います。”人の心、意識は水の結晶をも変えられるのですよ……“と。
ここでシーンは、彼女が入浴しているところに変わります。しかし普通の入浴シーンではありません。ペンを持って何かを書いています。そう、彼女の身体、ほとんど全身に何かを書いているのです。まるで刺青のように。何を書いているのでしょうか? それは可愛らしいハートのマークのデザインでした。足の先までハートのマークを書き上げた彼女は、気持ち良さそうに目を閉じて、その感触を楽しむかのようにいつまでもバスに浸っていました。
翌日、颯爽と町を歩く彼女がいました。とても美しく、昨日までの彼女とはまるで別人のようでした。そして川のほとりを散歩している彼女は、今まで長い間、手放せなかった頭痛薬をくずかごめがけてポイッと、まるでバスケットボールのシュートをするように投げ入れます。空中をくるくると回転していたその薬ビンがくずかごに見事にゴールインしたとき、それは彼女が、昔大好きだったバスケットボールに変わっていました。
この映画に登場する科学者
以上がこの映画のだいたいの概要だと思います(なにしろ1回しか見ていないし、翻訳と解説の根本君も、自分が解説しているときは、ほかのシーンは見られないわけですから……)。
全体としては111分の映画ですからかなり長い映画です。何故かというと、この映画には14人もの第一級の量子物理学者、脳神経医師、生化学者、神学者、霊的チャネラーが出演していて映画の半分ぐらいは、彼らによる意識エネルギーの解説になっているからです。

この映画の評論記事より
つい最近、アメリカでスピリチュアル系の評論家としては第一人者であり、作家でもあるステファン・サイモン氏がこの映画について、次のような論評を新聞に発表しました。
スピリチュアルな映画を愛する世界中のコミュニティの皆さん、こんにちは。ステファン・サイモン
私は、ついに『What the Bleep Do We Know !?・私たちは一体全体何を知っているというの?』を見る機会を得ました。現在、アメリカ北西部の太平洋岸で、口コミで広まっている話題沸騰の映画です。
映画を見てはじめて、こんなに人気がある理由がわかりました。
この映画はドキュメンタリーとしてのインタビュー、最新スタイルでエキサイティングなアニメーション、そしてマーリー・マトリン演じるドラマティックなストーリー展開が組み合わされており、とても魅力にあふれていて圧倒されます。スピリチュアリティに関しての革新的傑作と言えるでしょう。戦略的なマーケティングを行えば、この『What the Bleep』は、文化史上の画期的な出来事となる可能性をも秘めています。
フィルム制作者はウィリアム・アンツ、マーク・ヴィンセント、そしてベッツィー・チェース。このような向こう見ずの大胆なテーマに挑戦した彼らの勇気は、ノーベル賞に値するものです。
彼らはアニメーションとドキュメンタリー、そしてロケ現場で撮影したフィルムを組み合わせて1つに統合化し、一貫したストーリー展開のもとに娯楽性あふれる映画に仕上げました。そしてその試みは見事に成功したのです。(以下略)
愛と感謝とともに、スティーブン・サイモン
さらなる情報はこちらをご覧ください。 www.whatthebleep.com
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